ハンドサイン

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ハンドサイン

「真伏、元気なの? 」 「さぁ、どうだろうね」 佐々木くんとは本当に縁がある。 三年生最終学期、また席が僕の前になった佐々木くんに訊かれて、素っ気なく答えた。 「ホントに知らないの? てか、本当は別れたの? お前ら」 「別れたなんて言ってないじゃない。この春までの我慢だって、そう言ったでしょう? 」 「よく我慢できてんな、あの真伏が」 あれだけ僕にべったりとくっ付いて、いつだって僕から目を離さなかったんだ、周りにそう思われるのは当然かもしれない。 「ん…… もうね、七ヶ月も経ったんだ…… 三月まで、あと少しだから…… 」 楽しかった頃を思い出し、少し気持ちが沈んで、ぼつりぽつりと自分の心の内を言葉にしてしまった。 ハッとなり、慌てて佐々木くんに笑顔を向けた。 「…… 無理すんなよ。お前だって頑張ってんじゃん」 佐々木くんがそんなふうに言うから、喉の奥がツンと痛くなって涙がじわっと込み上げた。 「こういうのを純愛っていうのかね? お前らからはそんなワードが飛び出して見えるわ」 「………… 」 ズっと鼻を啜って、今度は本当の笑顔になった。 「聞いてやることしかできないけど、話し聞くことくらいはできるからよ、いつでもなんでも言えよ。自分の中に溜め込むなよ」 「うん…… ありがとう」 やっぱり、佐々木くんはいい人だ。 一年生の時に、柊宇と一緒に僕を守ってくれた。こう見えて男気のある人…… こう見えてが余計か、なんて一人心の中で思って笑ってしまう。 「ちょっと元気でたな、よかった」 って、笑ってしまった僕を見て佐々木くんが肩を叩いた。なんで笑ってしまったか知らない佐々木くん、ごめんねって思う。 毎朝柊宇の、ジョギングする姿が見れて嬉しいけれど、共通テストまであと何日もない。大丈夫なのかな? って心配になってしまう。 僕のそんな心配をよそに、親指と人差し指と小指を立てて僕に見せながら走り去って行く。 何度か見たハンドサイン…… というか、結構見る。親指立てたりガッツポーズとかは分かるけど、何か意味があるのかな? 柊宇の後ろ姿が見えなくなってから、スマホで調べた。 顔が真っ赤になって涙が滲んだ。 『愛してる』 のハンドサインだった。 どうして今まで調べなかったんだろう、今ごろになって分かって悔やんでしまう。 もっと前から分かっていたら、あのハンドサインを見た日は飛び跳ねてしまうほどに浮かれただろうに。 あ、でも、それじゃあ違う時にガッカリしちゃうか、知らなくてよかったか、スマホを片手にあれこれと思う。 あ、そうだ、そんな自分のことを気にしている場合じゃない。共通テスト当日の朝まで柊宇は走らないよねって、樹希さんか杏羽さんに確認をしておかないと、カレンダーに目をやり、共通テストが今週末で僕がひどく緊張した。 『どうだろう? さすがに走らないんじゃない? でも柊宇のことだからわからないけど。笑』 …… 樹希さんと杏羽さん二人にメールを送ったけれど、一言一句、全く同じ返答。さすが双子、コピペした? とか思ってしまう。 え〜、お願いだから走らないでよ〜、泣きそうになって天を仰いだ。 会場には朝の八時半には着くようにしたほうがいいよね、って僕が受験するんじゃないのにwebでテストの開始時間を調ベて考える。会場はどこなのか分からないけれど、どんなに遠くても一時間あればきっと着くよね…… 走れちゃうじゃんっ! しゃがみこんで頭を抱えた。 でも、受験当日はいつもどおりのルーティーンを守った方が平常心を保てるって聞いたよな。だからと言ってジョギングってどうなの!? 自分の受験の時より必死になって考えている僕、ああ、早く終わらないかな、僕の身が持たないよ。 昨夜は眠れなかった。 今日は共通テスト一日目、明日だってあるんだ、僕は死んでしまうかもしれない。 まさか、やめてよね、と思いながら窓に立って外を見ている。柊宇が走ってきたらどうしよう、今日は試験の日なのに…… 。 ( お願いだから来ないで )と両手を組んだ。 タッタッタッタ…… 嘘でしょう!? 朝の早い時間は静かな外、軽快な足音が近付いてくる。こんなに怖い気持ちで外を見るのは初めてだった。 そして柊宇は、僕の家の前でまさかのバク転までするから、(なにやってんの!? )って、僕の心臓は止まりそうになった。 バク転をこなすと高く腕を上げ、『愛してる』のハンドサイン。 …… もう、やだ。 呆れてるんだか、嬉しいんだか、怒ってるんだか、幸せなんだか、僕の胸の中が忙しい。
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