唯生、あいたい

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唯生、あいたい

柊宇は無事に共通テストを終えたようで、二日目の夜に樹希さんからメールが届いた。自己採点はかなり良かったから大丈夫だと教えてもらう。 もう、ぐったりしている僕。 来月の下旬には二次試験があるんだ、それまで自分が無事でいられるか本当に心配になる。 それでも、あと二ヶ月もすればS大の合否が分かり、柊宇とまた逢えるんだ。 合否は心配していない。 でも万が一、万が一のことがあったら? そしたら僕たちは、ずっと離れてしまうのだろうか、ふと不安がよぎる。 『S大合格するまで会わない』って、柊宇のお母さんが決めた僕たちの約束、それまで会わずに連絡も取らずにいて、お互いの気持ちが変わらなかったら僕たちのことを認めてくれると言ったんだ。 でも万が一、不合格になってしまったら? そんなことを考えたことがなかった。 柊宇と再び逢えるその日までだと思い、逢えない辛さに耐えていた、合格しなかったら? その日が近づくにつれ、余計な心配事が頭の中を支配し始めてしまう。 「真伏、来月の下旬まで試験があるんだろう? 」 「…… うん」 「長ぇな」 「…… うん」 「ま、でも私大の試験も来月の中旬くらいまである所はあるからな、変わらないっちゃあ変わらないか」 「…… うん」 佐々木くんの言葉に、うん、しか返せない僕。 「どうした? 」 「え? ううん、なんでもない」 って、なんでもなくない顔と声で応えた。ジッと僕を見る佐々木くんに、 「ねぇ、万が一、柊宇がS大落ちたらどうしよう」 泣きそうになって言ってしまった。 「は? どこか滑り止め受けてんじゃねぇの? …… なんでそんな顔してるんだよ」 そうだ、佐々木くんは詳しい話は知らない、柊宇のお母さんと僕たちの約束を知らないんだった。 「柊宇は、S大以外は行かないから滑り止めなんて受けてないよ」 「ふぅん、じゃあ万が一の時には浪人すんのか」 「ろっ!浪人っ!? 」 驚いて、ものすごい大きな声を出してしまう。さらに一年、こんな思いをするのかと思って少しお尻まで浮いてしまった。 「な、なに、そんな驚いてんだよ…… びっくりすんじゃねぇかよ…… てか、真伏が落ちるはずないだろう、余計な心配すんなよ」 はぁーびっくりした、と胸を押さえながら僕に言う。 「あのね…… 」 佐々木くんに僕たちの約束の話をした。少し気持ちが軽くなるじゃないかって思ったのと、こう見えて佐々木くんは結構いいことを言ってくれるから。 …… また、“ こう見えて ”って思っちゃって失礼だった。 「まじか、すごいなお前ら。やっぱ純愛だな」 決して冷やかしなんかじゃなくて、感心して佐々木くんが言う。 「でもじゃあ、もし大学に落ちたら真伏はどうするつもりなんだよ」 「落ちることなんて考えもしなかったし…… 今となっては話すこともできないから分からないんだ」 「まぁ…… 可能性からいったら、浪人が一番考えられるところだよな」 「…… 僕、また一年なんて、気が遠くなるよ」 「そしたらもう、親から認めてもらわなくたっていいじゃん、結婚だって親の同意なしでできる歳なんだし、っつっても、男同士だからできないけどな、真伏と向井田は…… 」 言ったあとに ハッとして、“ ごめん ” って顔をした佐々木くんで、ううん、って僕は首を振った。 「堂々と生きていきたい気持ちも分かるけど、一緒にいたい気持ちと、どっちが強いかじゃねぇの? 」 「………… 」 佐々木くん、なんてことなの。僕は目からウロコが落ちた思いがした。 一緒にいたいよ、柊宇とずっと一緒にいたい。 これだけ我慢して頑張ったんだ、もういいよね、充分だよね。 浪人してさらに来年までってなったら、今度は強く “ 嫌だ ” って言おうっ、今度は僕が柊宇を説得するんだっ。 って、鼻息荒くなったけど、柊宇がS大を落ちるはずがないよね、って、結局話しは最初に戻り、モヤモヤざわざわした気持ちは吹っ飛んでくれた。 「まぁ…… 二人で逃避行もいいんじゃん? 」 僕の机に肘を突き、天井を見上げて羨ましげに佐々木くんが言う。 「柊宇が大学に落ちるはずがないじゃない」 すん、として言うと佐々木くんが途端に怪訝そうな顔をした。 「それ、俺が先に言っただろう? 」 そうだった。 やっぱり、話しを聞いてもらえるだけでも気持ちが軽くなる。 佐々木くんありがとう。 柊宇は、樹希さんや杏羽さんに話しとかできてるのかな? いや、柊宇のことだ、していないように思う。 柊宇は自己解決力だって長けている。不安に思っても、最終的には自分が納得いくように気持ちの整理できるだろう。 強い人だもの。 柊宇はすごく気持ちの強い人、そばにいてくれるだけで僕は何も怖くなかった。 今、柊宇はそばにいないけど…… でも僕、頑張ってるよ。 柊宇の二次試験まであと一週間という、そんな時だった。ブッと、スマホのメールの着信を知らせる振動がしたのは。 佐々木くんかな、樹希さんかな、杏羽さんかな、スマホを手に取った次の瞬間、ドックンと心臓が大きく鳴った。 『唯生、あいたい』 柊宇からのメールを、既読をつけないまま目にする。 …… 柊宇。 どうして? どうしたの? 僕の胸はざわざわとして、ドクドクと鼓動が速く強くなって苦しくなってくる。 どうしよう、どうしたらいいんだろう…… でもだめなんだ連絡を取り合っちゃ…… ああ、どうしよう。 二次試験が目の前なのに…… 柊宇を動揺させてはいけない。ああ、どうすればいいんだろう。 おろおろとして、スマホを持ったまま部屋の中をうろついた。 ── 一緒にいたい気持ちと、どっちが強いかじゃねぇの? 佐々木くんの言葉が頭をよぎった。 約束を破ったら、親に認めてもらえないのを承知で柊宇がメールを送ってきたんだ。柊宇は今、心が少し弱っているのかもしれない、僕が柊宇を支えなくてどうするんだ。 意を決して、柊宇に返信をしようと画面を開けた。 すると、柊宇からの『唯生、あいたい』のメッセージは削除されていて、最後のやり取りは以前のままで『なにしてるの? 』って、南房総へ行った前日の僕からのメッセージ。 ひどくモヤモヤとしてしまう。 やっぱりだめだと思ってメッセージを削除したのかな? そんな柊宇の気持ちを考えると胸が痛い。僕だって逢いたいよ、柊宇に逢いたい。 眠れない夜がようやく明けて、いつものジョギングの時間。 あまりに眠れなくて夜中に書いた紙を用意して待つ。 A 4の紙を三枚枚張り合わせて書いている途中で、 「あ、足りなくなっちゃった」 って、もう一枚張り合わせた。 【 僕だってあいたいよー! 】 外に向けて書いた紙を持った。 ほんの一瞬、柊宇の足が止まりフッと泣きそうな笑顔になると、すぐに前を向いて走り出し、両腕で大きく丸を作って見せてくれた。 了解の丸かな? 大丈夫の丸かな? どっちでもいいか、柊宇には伝わったよね。
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