じっとなんてしていられない

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じっとなんてしていられない

柊宇の二次試験が始まった。 試験は共通テストと同じ二日間。終わるまで誰か、僕の気を失わせてくれないかな、とか思う。とても耐えられない、情けない僕。 その時ブッとメールが届いて、飛び上がるほどに驚いてしまう。 『唯生くん、お茶でもしない? 』 杏羽さんから。 ああっ!杏羽さんっ!とても嬉しかった。学校はもう卒業を待つばかりで家にいた僕は杏羽さんからのメールを見て飛び上がった。 『ぜひっ!』 すぐに返信をすると、『駅前のコーヒー店で待ってるね』と、これまたすぐに返信が届き慌てて支度を始めた。 おかげで、柊宇のことがいっとき頭から離れてくれる。 バタバタと家を出て、毎朝柊宇と待ち合わせた駅方向へ向かい、コーヒー店を目指して走った。 杏羽さんも今店に着いたのか、僕を見つけると笑顔で手を上げてくれた。 「杏羽さんっっ!」 思わず抱きついてしまい、「うう…… 」っと、胸に顔を擦り付けてしまうと杏羽さんが笑いながら僕の頭を撫でてくれる。 ハッとして慌てて離れた僕。 「ご、ごめんなさいっ」 なんてことをしてしまったんだ。柊宇にするみたいに杏羽さんに抱きついてしまった。あまりに心が不安定だとはいえ杏羽さんにも迷惑だった、こんな公衆の面前で。どうしよう。 「これじゃあ、柊宇だってたまんないな。ノンケの俺だってちょっと心が揺らいだよ」 あっはっはっは、と声高々に笑うと僕の背を押して店に誘導した。 「本当にごめんなさい…… 」 小さな僕が、さらに小さくなって謝ると、また笑う杏羽さん。 「卒業式はいつ? 」 「大学の入学式は? 」 なんて、僕のことを訊いてきて、柊宇の話しをするわけではない。きっと、僕の気持ちを考えてくれて、今こうして一緒にいてくれているんだって思った。 お陰で気持ちが紛れて、他愛のない話しに笑顔もこぼれた。 「明日は樹希がお茶しようってさ」 柊宇の試験は明日もある。嬉しいけれど、僕のために時間を作ってくれるなんて申し訳ない気持ちにもなってしまう。 「そんな…… 大丈夫です。本当にありがとうございます」 座ったまま頭を下げてお礼を言うと、ふふっと杏羽さんの笑う声が小さく漏れた。 「柊宇から頼まれたんだよ。試験の間、唯生くんはきっと落ち着かないでいるだろうから、樹希と俺が一緒にいてやってくれって」 「柊宇から? 」 「だから、明日は樹希に付き合ってやって」 「付き合っていただくのは僕の方です…… 柊宇から? 」 柊宇から? って、嬉しくて二回訊いてしまった。 「あと半月だよ、よく頑張ったね。こんなのさ、俺だったらきっととっくに心変わりしてるなぁー」 大きなウィンドウの外に目をやって、遠くを見ながらそう言うとちらりと目だけを僕に向けてニコリとする。 「僕には柊宇以外、考えられないので」 「柊宇も言ってた『俺には唯生以外、考えられないから』って」 翌日は樹希さんがご飯に連れて行ってくれた。感謝でいっぱい。 柊宇の二次試験のあいだ、僕はかなり落ち着いていることができた…… 樹希さんと杏羽さんと、柊宇のおかげ。 試験は記述式だから自己採点のしようがない、って柊宇は平然としているらしい。あとは合格発表を待つだけ、もう目の前だ、万が一不合格だったとしたって、僕は柊宇に逢いに行くと決めている。怒られたっていい、僕は柊宇に逢いに行くんだ。 合格発表の前に僕の卒業式があった。 高校生活も終わり、柊宇と離れて一人で卒業をすることになるとは思ってもいなかった。 「明後日か? 発表」 「うん」 佐々木くんが卒業証書を脇に抱えて僕に訊いた。 どんなに足掻いても明後日で全てが終わる、ううん違う、始まるんだ、僕はにっこりと佐々木くんに笑顔を見せた。 「大学に行ってもたまに会おうな」 「うん!」 「真伏と三人で」 「…… うんっ!」 じんわりと涙が込み上げてきた僕の肩を、佐々木くんがポンポンと叩く。 「泣くなよ…… 俺だって涙が出てくんじゃねぇかよ」 「…… ごめんね」 「いいよ、謝んなよ」 って、二人して制服の袖で涙を拭いた。 真っ青な空に太陽の光が眩しい、すぅっと、まだ少し冷たい風が頬を撫でた。 朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまう。 発表は今日の正午だって、大学のホームページに書いてあった。 合否のウェブサイトは本人しか入れない、柊宇からの連絡を待つしかない僕。 今日もジョギングするよね…… 毎日のことなのに、今日は一段とドキドキして待つのが辛い。 最後だ、こらえるのも今日が最後だ。 声を出してしまいそうになるから、ずっと窓を閉めたまま柊宇を見届けていたけれど、今日は窓を開けて待っていようと思う。 駆けてくる足音がいつもより大きく聞こえる。思わず顔を出して来る先を見た。 いつもと違うと瞬時に気付いた柊宇が、すぐに僕の部屋に目を向け、思いっきりの笑顔を見せてくれた。 そして両手で『愛してる』のハンドサインを頭の上まで腕をあげて、僕を見ながら横を過ぎる。 恥ずかしかったけど、僕も真似して『愛してる』のハンドサインを作って見せると、止まって振り向いた柊宇が「ぷっ」と笑って、またすぐに背中を見せて走り出した。 なんで笑ったの? 僕の眉は八時二十分になってしまったけど、もうすぐだ、はやる気持ちが抑えられないまま、遠くに小さくなっていく柊宇の背中をいつまでも見送った。 …… 十一時半。 どうしたらいいんだ、僕はもう瞑想に入ったようになって、部屋でじっと動かない。 目を瞑り、呼吸を整えるだけの僕。 誰か助けて、心臓が胸を破いて出てきてしまいそうだ。 …… 十一時五十分。 柊宇の家の前にいる僕。 だってじっとなんてしていられない、ところどころ小走りしたから早く着いた。 柊宇からの連絡を待つだけなんてできないよ、大きな門扉の前で祈るように手を組み、十五秒に一回はスマホを見て時間を確認してしまう僕。 はっ! 十二時だっ! 祈る手に力が入り過ぎて震える、ぎゅっと目をつぶった。 柊宇からの連絡を知らせてくれるスマホに神経が集中していた時、門扉の向こうに、もの凄い勢いで玄関が開く音が聞こえて思わず振り返った。 まもなく門扉が開き、現れたのは恋焦がれ、待ち焦がれた柊宇の姿で、僕がいたことに大層驚いた顔をしている。 「しゅ、柊宇…… 」 祈る手のままで柊宇の名を呼ぶと、次の瞬間、そのまま抱きしめられ手が挟まり当たって苦しい。 「しゅ、う…… 」 「唯生っ!唯生っ!唯生、唯生…… 唯生…… 」 何度も僕の名前を呼び続け、抱きしめる力が強くなっていく。 「ちょ、ちょっと…… ごめんね、手が痛い…… な」 「お、悪い悪い」 って、いったん力を抜いて僕は手をはずせた。 なんだかな、ムードをぶち壊してしまったよ、僕。 でもこの感じ、合格だよね、分かってたけどさ。 「柊宇、おめでとう」 「俺たちの、『おめでとう』だ」 そう言ってまた僕を抱きしめてくれる。 僕は柊宇の首に腕を回し、柊宇の顔に少しでも近づきたくて、必死につま先立ちをした。 柊宇に触れたのは、南房総へ行ったあの日以来だ。 嬉しすぎて幸せすぎて、踊り出しそうだ。
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