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ずっと、ときめき。
「家の前でみっともないからおやめなさい」
柊宇と抱き合って喜んでいると、急な声にびっくりとして思わず離れた。柊宇のお母さんで、僕はどうすればいいのか戸惑ってしまって顔が引き攣る。
「こ…… こんにちは…… ご、無沙汰…… しています」
挨拶しなきゃと思って慌てて頭を下げた。
大丈夫だったかな…… 目が泳ぎながらも、お母さんに見えないところで柊宇のシャツをぎゅっと掴んでいた。
「こんにちは、唯生くん、久しぶりね」
にっこりと笑ってくれたけど怖い、僕はピクピクと引き攣った笑顔になってしまう。
「どうぞゆっくりしていってね…… あ、『みっともないから』って、男同士だからじゃないわよ、常識的に考えてのことだから誤解しないでちょうだいね」
お母さんのその言葉に、僕たちがきちんと認めてもらえたことが分かった、ホッとして体中の力が抜けそうになる。
「行こう、唯生」
柊宇が僕の背中を押して、家の中へと誘導してくれようとした時、
「あ、唯生くん」
「…… は、はい」
「今月の下旬にね、私、講演会をやるからよかったら来て」
「は…… い…… 」
「『LGBTの子を持つ親の幸せ』って題目なの。あ、唯生くんのご両親にも是非参加してほしいわ」
お母さんは一人でペラペラと喋ると、「ではごきげんよう」と僕に手を振り、仕事に出かけたようだった。
「講演会? って…… そんなに急にできるものなの? 」
今日、柊宇の合格が分かったばかりだ、今月の下旬だったらもっと前から準備が必要だろうと、よく分からない僕にだって分かる。
まぁ、柊宇の合格は確信していたのだろうけど、と、お母さんの颯爽たる後ろ姿を見つめながら思った。
「見切り発車にもほどがあるってもんだよな。言っただろ? 転んでもただでは起きない人だって」
お母さんの方を見て、呆れたように、それでも嬉しそうに笑った柊宇。
「…… さっ、家に入ろうぜ」
「うん」
久しぶりなのに、昨日も普通に会っていた感じがする。あまりの嬉しさに取り乱してしまうかもしれない、とか思っていたのにな、って、再会の感動が味わえなくて少し残念なんて思うのは贅沢だよね。
玄関を開けて中に入るなり、パパーンッ!パパーン!とクラッカーのなる音に度肝を抜かれた。
樹希さんと杏羽さんが
「「おめでとうっ!唯生くんっ!」」
って、満面の笑みの二人。
柊宇の合格よりも、僕のことをお祝いしてくれる。
クラッカーから飛び出た紙テープなんかが柊宇の頭の上に被り、無表情で、なんなら仏頂面で取っているから僕がハラハラする。
「柊宇? よかったね、樹希さんと杏羽さんに僕、いっぱいお礼を言わないと…… 」
柊宇にかかった紙吹雪なんかを払いながら、にこにことした顔を樹希さんと杏羽さんに向けた。
「可愛いなぁ唯生くん、柊宇になんかもったいない」
「そっ!そんなことないです!やめてくださいっ!」
杏羽さんの言葉に、慌てて手をぶんぶんと振り、首も振った。柊宇に僕がもったいないなんて、そんなのあるわけない、僕に柊宇がもったいないなら、誰でも思うけど。
「さてと、じゃあ俺たちは出かけるとするか。夜までは絶対に戻らないから安心してね、唯生くん」
樹希さんがそう言って僕にウィンクをするから、燃えるほどに顔が熱くなる。
「絶対に帰ってくんなよ」
柊宇、そんな言い方っ!って思って、またもハラハラした。
でも…… 目が泳いで、顔がにやけてしまう。
柊宇の部屋、どのくらいぶりだろう。でも全然変わっていなくて、なんだかホッとする。
後ろから抱きしめられて、耳元で柊宇が囁いた。
「唯生…… この日をどれだけ待ったか」
「…… うん、柊宇、僕もだよ」
僕の肩に顔を埋めて首筋をすんすんとする。懐かしい。
すんすんとしていた鼻が唇にかわり、僕の首筋を撫でた。
「…… ん…… 」
思わず声が漏れてしまう。
唇が重なりあったままベッドに倒れ込み、熱く激しいキス。顔を右に左に動かしながら、舌の根本まで這入りこんできては、柊宇の手が僕の身体中をまさぐる。
「あ…… ん…… やっ…… 」
嫌なわけないのに、そんな声が出る。久しぶりだよ、どうしよう、やっぱり緊張した。
「あ、そうだ」
思い出したように身体を離すと、柊宇が上から僕を見つめた。
「どうしたの? 」
もう、いいところだったのに…… ちょっと、残念。
「今朝さ、唯生がハンドサインしてくれただろう? あれ、なに? 」
「え? なにって? 」
もう、顔が半分笑ってるじゃない柊宇。
『愛してる』のハンドサインでしょ、恥ずかしくて言えないよ。
柊宇だって何度もしてくれたじゃない。
「じゃ、じゃあ…… 柊宇はなんなの? 」
反対に訊き返した。『愛してる』って、言葉で言ってほしい。
「『愛してる』のハンドサインだよ、唯生は? 」
あっさりと言う柊宇、こんなのだってすんなり言えてしまう柊宇が羨ましい。
「え…… ぼ、僕だって…… えっと…… あ、あい、して、る…… だよ」
モゴモゴと柊宇の目は見れずに言った。
「いや。あれ、影絵のキツネだろう」
「え゛っ!? 」
自分が作ったサインを思い出す。
はっ、そうだ、人差し指と小指を立てて中指薬指親指はくっついていた。だから柊宇が「ぷっ」と笑っていたのか、恥ずかしいっ!すごく恥ずかしいっ!
顔が真っ赤になり大汗を掻き、咄嗟に両手で顔を覆った。
「だから唯生ってたまんない、大好き、愛してる」
柊宇が僕に覆い被さって、耳元で涙声。
え?
って思って、顔を覆っていた手を少し浮かせ、柊宇の方を見ると声を詰まらせ、むせび泣いている。
「柊宇…… ? 」
「長かったな…… 今日まで長かったな…… 」
僕だって思わず涙が込み上げてきて、柊宇にぎゅうっとしがみついた。
「ねぇ、柊宇? 」
「…… ん?」
「…… 僕を好きになってくれてありがとう」
そう言うと、少し怪訝な顔をした柊宇が体を浮かせ、上から僕を見下ろした。
だって、先にときめいていたのは僕なんだ。
僕の方が先に柊宇を好きだったんだ。
幼稚園の入園式で母親と離れて泣いていた僕に、
── 泣かないで、大丈夫だよ。僕がいる
って、柊宇が僕の肩を抱いてくれたあの日から、僕は柊宇をかっこいいって思って、柊宇に憧れて、柊宇みたいになりたいって思って…… 大好きだったんだ。
そんな僕を好きになってくれた、ずっと僕を想ってくれていた。
僕は涙を浮かべてにっこり笑う。
すると、柊宇が僕の顔の前に手を出し、影絵のキツネをしてにやりとした。
もうっ!
ひどいよっ!
パシンと手を叩くと、大笑いをして僕の唇を塞ぐ。
もう…… 大好き。
これからは絶対に離れない。
どんなに辛いことがあったって、どんな逆風が僕たちに吹いてきたって、僕は負けない、誰にだって堂々と「僕は柊宇の恋人です」って、幼なじみじゃない、柊宇の恋人ですって言うんだ。
逢えずにいたこの長い時間が、僕を強くしてくれた。柊宇への想いは、どんなことがあっても変わらない。
塞がれた唇を逆に僕が押し当てると、
「んんんんーっ!」
ってなったあと、少し眉間に皺を寄せて柊宇が唇を離す。
嬉しそうに笑う柊宇の顔がなんだろう、すごく優しくてカッコよくて……
僕はずっとこれからだって、
柊宇に、ときめきっぱなしに違いない。
── fin ──
※ 次頁、御礼とお知らせがございます。ぜひ、お付き合いください!
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