1339人が本棚に入れています
本棚に追加
ドキドキとする胸
高校一年生、一学期の終業式の日。
学校の最寄駅から三駅電車に揺られ、同じ駅で降りる。改札を出たら違う方向に家があるから別れるけど、いつも「なにか飲んでいこうぜ」とか「コンビニ寄ろうぜ」とか「本屋に付き合ってよ」とか、柊宇からの誘いに、僕は頷いてついていく。
そして小一時間くらい一緒に過ごして、「じゃあまた明日な」って別れる。
そんな感じで、土曜や日曜は柊宇に誘われれば出かける、みたいな毎日。
全部柊宇からで僕から誘ったことはない。
というか、誘う前に柊宇から誘われるから、僕から誘うまでもなかった。
「今日、俺の家に来ない? 」
珍しく家に来ないかと柊宇に誘われて、少しドキッとした。
小学生の頃は互いの家を行き来していたけれど、中学生になってからはほとんど行かなくなっていたから。
中学受験をしなかった柊宇で、その理由が僕と同じ中学に通いたいからだと話していたから、柊宇の両親と顔を合わせることがどうしても気が重かった。
「柊宇の家、に? …… 」
「ああ、旅行の話しとかさ、いろいろ決めようぜ」
「…… うん…… 」
「都合悪い? 」
「ううん、別に…… 」
今となっては、柊宇が中学受験をしなかったことを話題にして、講演会で大忙しの柊宇のお母さん。たとえ顔を合わせてもちゃんと挨拶すれば大丈夫だよねって、思ったけど、なんとなく緊張しているのはそんなことじゃないって思った。
「じゃあ、来いよ」
いつものように肩を抱かれて、柊宇の家の方向へと誘導された。
なんだろう、このドキドキしてる胸。
僕たちは、ただの幼なじみなんだから。
…… まったく、佐々木くんが余計なことを言うから変に意識しちゃうじゃないかと、ドキドキしている自分に戸惑った。
「どうぞ〜〜」
柊宇が嬉しそうに僕を招き入れる。
家には誰もいないのか指紋認証で玄関を開錠していた、鍵を持ち歩かなくてもいいんだ、いいなかっこいいな、なんて思う。
何年ぶりだろう、柊宇の家に来るのは…… だからだ、だからだよ緊張してるの。誰かの家に行くのって緊張するでしょう? 久しぶりだから、初めて行く誰かの家みたいになってるんだ、きっと。
「やっぱり、柊宇のお家は大きいね」
「そうかな? 」
「そうだよ、僕の家の倍以上はあるよ、綺麗だし、こんな家に住めたら幸せだろうな」
お金持ちの柊宇の家は大きくて、小学生の頃はさほど感じなかったけれど、高校生になった今、その凄さが分かる。
「じゃあ、唯生もここに住めばいいじゃん」
ニコッと眩しい笑顔でそんなことを言われて、冗談なのに、妙に照れてしまった僕は
「な、なに言ってんの…… そ、そんなこと、できるわけないじゃない」
って、まともに受け答えをしてしまって、言ったあとに気付いてとても恥ずかしい。
「可愛いな、唯生は」
頭をぽんぽんと軽く叩くようにして、そのあと髪をくしゃくしゃとされて、真っ赤な顔で柊宇の手を払った。
「俺の部屋、覚えてるよな? 先に行ってて、飲み物持って行くから」
「うん…… あ、僕も手伝うよ」
「さんきゅ、じゃあ、お願いしよっかな」
僕はリュックを背負ったまま、柊宇はショルダーバックを肩から掛けたまま、キッチンで飲み物と少しのお菓子を持って柊宇の部屋へ向かった。
家と同じく、柊宇の部屋だって広いし、パソコンやゲーム、大きなステレオもあって思わずため息が漏れた。
「すごいね、あの頃はなんとも思わなかったけど、今見るとすごいね、柊宇の部屋にはなんでも揃ってる」
きらきらと目を輝かせて部屋中を見回した。
「唯生が部屋に来るの久しぶりだから、なんか変な感じがするな」
「うん、そうだね」
笑いながら床のラグに腰を下ろし、また部屋を見回した。
「あっ」と本棚にある漫画の単行本を見つけて、僕は立ち上がった。
「これ僕、まだ五巻までしか読んでないんだ、七巻まで出てたんだ」
「ああ、貸してやるよ、持って行きなよ」
「いいの!? 」
喜んで六巻と七巻をテーブルの上に置き、軽く部屋を片付けている柊宇の背中を見つめた。
広い肩と背中、いつの間にこんなに逞しい体になったんだろう。同じ歳なのに僕の体とは雲泥の差で、なんだかドキドキした。
スタイルなんかモデルさんみたいで、引き締まったお尻に目が行っている自分に気付き、慌てて逸らした。
いやだなぁ、もう…… 変なこと言った佐々木くんのせいだよ。
最初のコメントを投稿しよう!