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嘘、だよね
「柊宇、帰ってるのか? 」
部屋のドアをノックしながらの声、おそらく柊宇のお兄さん。
「うん、どっち? 」
どっち? って、そんな訊き方…… 。
柊宇のお兄さんたちは双子で、顔も声もそっくりだから気持ちは分かるし、いつものことなのかも知れないけど僕がそわそわする。
「開けるぞ」
と、どっちなのかは答えずに部屋のドアがひらくと、驚いたのは僕。
お兄さんと最後に会ったのだっていつだったろう、何年ぶりだろうって思う、四学年離れていたから今は大学二年生のはず、柊宇に負けないくらいの格好よさで、またもドキドキ。心臓がくたびれてしまうよ。
「こ、こんにちは…… お、お邪魔しています」
胡座を掻いていた足を慌てて正座に座り直し、少し顔を赤らめてお辞儀をした。
「こんにちは、珍しいな柊宇が友達連れてくるなんて…… あれ? 唯生くん? 」
「はっ、はいっ!」
覚えていてくれてたなんて、と思って嬉しくて弾んだ声で返事をした。
僕はひとりっ子だから当時、お兄さんのいる柊宇が羨ましかったりした。
それにこんなにかっこいいお兄さん、いいなぁって、はにかんだ笑顔になる。
「なに? なんか用? 」
不機嫌そうな声で柊宇がお兄さんに聞いている。僕の方をチラッと見た柊宇の視線を感じた。
「久しぶりじゃん、最後ウチに来たのいつだった? 相変わらず可愛い顔してるね〜、高校生になってますます可愛くなったんじゃん? 」
お兄さんがローテーブルの前で胡座を掻くと、僕の顔を見て笑顔で言う。
可愛い顔って…… そんなこと、言われたことないし、ますます可愛くって、僕は女の子じゃないのに、と思いながらも赤くなった顔が戻らない。
「杏羽兄ぃ、なんの用だよ!」
杏羽さんの方か、杏羽さんは双子の兄の弟さんの方、長兄は樹希さん、ちなみに柊宇は「樹兄ぃ」と呼んでいる。
苛立った柊宇の声に、杏羽さんが眉を上げて鼻先で笑った。
「なに苛立ってんだよ。誰も取って食ったりしないよ。あ、今夜母さん遅くなるから冷凍庫のもの解凍して、適当にメシ食ってろってさ」
取って食ったりって…… いやだなぁ、そんなこと柊宇だって思っていないよ。
「分かったから、もう部屋出てってくれよ」
「はいはい、お邪魔はしませんよ〜、唯生くん、ゆっくりしていってね」
立ち上がると僕の頭をポンポンと撫でて笑顔の杏羽さんで、柊宇がすごい怖い顔で見ている。お兄さんたちには学校みたいなわけにはいかないんだと思って、少し意外な気もした。
── 唯生に触わんじゃねーよ!
って、言うかと思った。
「俺、今夜バイト遅くなるし…… 樹希もなんか用あるって言ってた気がするから、唯生くん、柊宇と夕飯食べていけば? 」
ニヤッと笑ったあと、
「柊宇は唯生くんを食べるなよ〜」
どんな会話なんだろうって思い、ものすごい変な汗が流れる。
「っるっせぇーよっ!」
閉まったドアに持っていた雑誌を投げつけた柊宇で、バンッという音と柊宇の行動に驚いて固まってしまった。
「…… ごめんな、兄貴が変なこと言って…… 」
投げつけた雑誌を拾いながら、気まずそうにするから余計に空気が変になる。
「だっ!大丈夫だよっ!お、お兄さん、じょ、冗談言ってるの、わ、分かってるからっ!」
そんな柊宇を前に、僕は変になった空気を戻そうと必死になった。
「…… んだよ…… せっかく唯生と行く場所が載ってる雑誌、投げつけちゃったじゃんかよ」
ドアに投げつけたのは旅行雑誌で、僕に見せてくれようとしていたのだと思う。
しょんぼりとして柊宇が言うから、さらに変な空気。
「あっ!そ、それに載ってるの? ど、どこ? み、見せてっ!」
ああ、ものすごく必死な僕。
「ねぇ、どこ? 見せて…… 」
その時、柊宇の唇が僕の唇に触れた。
テーブルに片手をつき、膝立ちになった柊宇がもう片方の手を僕の後頭部を押さえてキスをした。
まだ正座のままだった僕は、固まって動けない。
なに?
ねぇ、嘘、だよね…… 。
じんわりと涙が滲んでくるのが分かった。
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