嘘、だよね

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柊宇にキスをされている僕。 目がぱっちりとあいたまま、身動きひとつ取れないでいた。 ぬるっと、柊宇の舌が僕の口の中に割り入ろうとするのが分かって、咄嗟に柊宇を突き飛ばした。 「なっ!なんでっ!? 」 立ち上がって唇を手の甲で押さえ、そう叫ぶと同時にボロボロと涙がこぼれてきて、突き飛ばされた柊宇が悲しそうな顔で僕を見ている。 どうして…… 。 僕は自分のリュックを急いで掴んで柊宇の部屋を飛び出し、階段をバタバタと下りて行くと、その音に気づいた杏羽さんが「あれ? 」とリビングから顔を出している様子が分かった。 それでも僕は驚きと、とても悲しい気持ちでいっぱいで、とにかく家に帰ろうとそればかりを思い、もつれそうな足のバランスを懸命に保つ。 「唯生くん、帰るの? 」 杏羽さんの声に応えることもできなくて、泣いているのがばれてしまわないように、頭だけ下げて柊宇の家をあとにした。 走った。 柊宇の家と僕の家は歩いて二十分ほど、運動が苦手な僕だから今にも転んでしまいそうな走りで…… やっぱり転んだ。 ズザザザザザッと思い切り転んで、背負わずに手に持っていたリュックが放り投げられ、止まらない涙を拭いながらゆっくりと立ち上がりリュックを拾った。 「…… いたい…… 」 ズボンの右膝が、白く破けそうになってしまっている。 お母さんに怒られちゃうな…… なんて思ったけど、そんなことより悲しかったのはもちろん、柊宇のこと。 どうして? 僕たちは仲の良い幼なじみでしょう? なんで、なんであんなことをしたの? まだ止まらない涙をそのままに、リュックを引き摺るようにして家までとぼとぼと歩いた。 『唯生』 それだけのメールが柊宇から届いた。 何か続くのかと思って待ったけれど、続く様子もない。 膝が擦りむけていて、思い切り血も出ていた。 母親はパートに出ていたから不様な格好を見られないで済んだ、自分で手当をして項垂れていた時に届いたメール。 返信した方がいいのかな、でも、なんて…… 『唯生』だけの文に、なんて返せばいいんだろう。 『なに? 』って送ったところで、きっとさっきのことの話しだよね。突き飛ばしてしまったときの柊宇の悲しそうな顔は、悪ふざけっていう顔じゃなかった。 だから、キスの話しになるのは気が重い。 それでも今まで柊宇からのメールに返信をしなかったことがない、そもそも返しづらいメールが送られて来たこともないし。 返さなかったら、きっと柊宇は悲しむだろうな…… 気は重いけれど、柊宇を悲しませたくない。 僕は今、どんな気持ちなんだろうと、自分で自分の気持ちが分からなかった。 ただの幼なじみとして、柊宇があんなにいつもいつも、僕を守ってきてくれていたと、思ってるの? 分かってたんじゃないの? 柊宇の気持ちは分かっていて、気付かない振りをして、柊宇のそばにいたんじゃないの? 自分の胸に問いかけた。 違うよ。 分かってなんていないよ。 柊宇は…… 柊宇だって僕と幼なじみだから、ずっと、いつも守ってくれていたんだよ。 自問自答を繰り返し、ぶんぶんと頭を横に振った。 柊宇からのメールには返信をしないまま、時間が過ぎていく。 既読は付いてしまった、今さら返してもタイミングを失っちゃったしな、なんて、返信しない理由をつけた。 明日から夏休み、柊宇とは顔を合わせずに済むからホッとしているのか、このままだとどうなるんだろうと不安になったり、ぐちゃぐちゃとする胸。 ✴︎✴︎✴︎ ああ、海、どうしよう…… 。 『唯生』とだけ送られてきたメールに返信しないまま、柊宇と連絡を取らないまま、一週間が過ぎてしまった。 柊宇からも何もない。 こんなに顔を合わせなかったことなんてあったかな? 自分の部屋で机の前に座り、窓から見える流れる雲を見ていた。 あったな…… 小学校、あれは何年生だったかな…… 夏休みに柊宇が家族で海外旅行をするからと二週間ほど会わない時があった。 柊宇が 「俺は行かないっ!唯生と離れるのがいやだっ!」 って言って駄々を捏ねていたけど、柊宇一人で置いて行くわけにもいかないから、強引に連れて行かれてたっけ。 そんな様子をずっと見てきたんだ、杏羽さんだってそんなふうに思うよね。 柊宇は、本当に僕をそう思って…… 僕の “好き” とは違う “好き” でそばにいたのかな? だとしたら、柊宇と二人で海へ旅行なんて行けないよ、キスなんてされてしまってどうしていいか分からない。 今からでもキャンセル大丈夫かな? 海への旅行まであと一週間もない。 それにしたって、海へは行かないって連絡しないとな…… ふぅぅっと深くため息を吐いた。
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