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幹事長消失
日本最大与党、民自党の三役である塩尻耕三の政治人生は、既に黄昏の闇の中にあった。
おっとり刀で集合した警察関係者で、議員会館は芋洗いもかくやという風情だった。
死亡した竹中の妹は、固く口を閉ざしていたが、勘解由小路を前にしては、個人情報を曝け出しているに等しかった。
驚いたことに、彼女が受け取っていた金額は、ズバリ25万だったことだった。しかも、それは基本給で、手当は別だった。
「先生から連絡が来て、家――ていうか、ホテル?そこに行った。1回10万。何人かいた時もあって、別に手当もらってた」
憮然とした表情で、彼女は言った。
正直、目も覆いたくなるような証言だった。
「返す返すもしょうもない奴だった。ガキもおっさんも。民自ももう終わったな。完全に。おおありがと」
天丼をがっついている勘解由小路の姿があった。
確かに、逮捕者は1人や2人ではないだろう。次の選挙では、民自党は大敗を免れまい。
由民党との連立も反古になるだろう。与党第一党として、由民党の時代が来るというのか。
「そういう闘いには、一切興味がないんだ俺は。民自も由民も同じ穴の狢だろうしな。トキの奴、いい面の皮だな」
勘解由小路はにべもなかった。
「だが、あのガキはガキで、別の意味で暗澹たる気持ちになったぞ。思った以上に政治屋の名前を知ってる、保身に長けた忌々しい援交女だなあ。で?あのガキはどこいった?」
「別に、逮捕、あるいは補導をした訳ではない。奥の部屋にいるはずだ」
「ふうん。で?買った馬鹿は?」
「今本庁の生安課が事情聴取をしている」
あん?そこで勘解由小路は、島原を見据えた。
「ってことはあれか?部屋は違えど、塩尻の馬鹿とあのガキが、揃って同じ空間にいるだと?」
「生安の刑事が、常に見張っているはずだ。2人が顔を合わせることはない」
そこで、勘解由小路は扉の向こうに、鋭い視線を向けた。
扉が開いて、何やら呆然とした様子の、生安課の刑事が立っていた。
「おい!塩尻はどうした?!2人きりにしたのか?!」
勘解由小路の詰問に、刑事はぼんやりした表情を浮かべていた。
「アホウが」
勘解由小路が吐き捨て、名刺を手裏剣のように飛ばし、刑事の額に当たっていた。
「――は?!」
「おい!援交オヤジはどうした?!」
「え?あ?――いや」
何が何やら解らない様子の刑事を放って、勘解由小路は事務所に飛び込んでいった。
アボリジニの背中におぶされて。
島原も後に続いた。
塩尻耕三の事務所の中には、竹中の妹がぼんやり立っていた。
無言で、勘解由小路は乱暴に、名刺を額に貼り付けた。
ひらひらと名刺は床に落ちた。裏には、漢字の羅列と、大きな「禁」の一文字があった。
「勘解由小路、これは?」
「ただの呪符だ。名刺に書き足しといた。あらゆる霊気の流れを断つ。そして、あああ遅かった。援交オヤジは消えちまった。消したのは竹中の妹だが、立件など出来るものか。リフレ女、お前に何があった?」
「――え?解らない。どうしたの?先生は、どこ?」
「消えたんだ。隔絶された空間の狭間に。例えるなら、均一なるマトリクスのあれだ」
だから、あれってどれだ。
遅れて、小鳥遊が飛び込んできて、素っ頓狂な声を上げた。
「うひゃああああああああ!人体消失でゲス!カメラ!怪奇事件でゲスああああああああ!」
「いたのかお前は!うるさい!小鳥遊引っ込め!お呼びじゃないんだよ!」
捜査の糸は、ここでぷっつり切れてしまった。
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