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復活の勘解由小路
勘解由小路と連絡がつかなくなって、1ヶ月がすぎようとしていた。
「島原君。あの男から連絡はあったのか?最近、妙な無言電話があるんだが。発信元は、何と南極観測基地からだった」
伝説のメリさんに、部長はロックオンされていた。
「どうでもいいから、まだあいつを辞めさせるな。クソ。毎日毎日」
忌々しそうに部長は言っていた。
「それはよいのですが、肝心の、あいつとは連絡が取れないのですが」
馬鹿者!野々村は声を荒らげた。
「あいつが何かに取り殺されるようなことだけはない!圧倒的な安全地帯で、ヘラヘラ笑っているに違いないのだ!細さんと一緒だ!その辺は!」
あああああ。酷い目に遭ったのか。若き日の野々村部長は。
島原は、容易に感情移入出来た。
「では、具体的に、どこにいると?」
サーッと、野々村の血が引いていった。
妙な葉巻の匂いを漂わせながら、彼は言った。
野々村君。事故物件、と呼ばれる建物があるのを知っているかね?知らない?では、君はそこに泊まっても、何もないと言うんだね?では、泊まってきたまえよ。
よく解らないまま、寝袋抱えてそこに行き、夜中、久しぶりにゆっくり眠ろうとしたら、妙な重みがあって。
何だ?何が起きた?と思って目を開くとああそこには、
般若のお面を被った太ましいおばさんが、列をなして順番待ちしていたという悪夢が。
んふー。んふー。若いっていい。ふこー。
「あああああああああああ!細殺してやるうううううう!あばあああああああああああああああ?!」
何やら、島原は部長のトラウマを、正確に撃ち抜いていたらしい。
「あいつは絶対あそこにいるんだ!今でもいるんだ!田園調布のあの家にいいいいいいいいいいいいいいいい!ぎゃあああああああああああああああ!」
そう言って、部長は静かになった。
田園調布に妙な家が建っていないか?とベテランの刑事に聞くと、すぐに返答があった。
旧西ノ森男爵邸では?
ああそうなのか。調べてみたらすぐ資料が出てきた。
2.26事件のドサクサで、男爵一家が鏖殺されたという妙な事件があり、その後も、幾人かの警官がそこに入り、悉く恐ろしい目に遭ったという、いわくがあった。
警察は、意地でもそれを認めなかったのだろう。当時の勘解由小路細警部が、戦後間もなくそこに入り、それ以来事件の報告がなかった。
ああここだ。馬鹿はここにいる。妙な確信を持って、島原はそこの門を潜った。
あいつの好みらしい、広い雑木林にも似た、庭を進んですぐに見付けた。馬鹿を。馬鹿の銅像を。
金色夜叉のお宮の松気取りか。馬鹿の足にすがりつく、若かりし頃の稲荷トキを発見した。
30代くらいの頃か。何故、こいつは靴を脱がされようとしているんだ?
更に、生まれたての馬鹿を抱いた、20代のトキもいた。
付き合っていられなかった。さっさとドアノッカーを叩いた。
「いるのか?勘解由小路馬鹿」
「やかましい。入ってこい島原馬鹿」
ああいた。やっぱり。島原は玄関の扉を開けた。
馬鹿はいなかったが、無人と思しき家の中には、誰かがモップをかけていた。
多分興津さんか、根来さんではないかと思った。
陣頭指揮を執っているのは、何故かアボリジニの精霊面を付けた、黒子装束だった。
「いらっしゃいませー!ご休憩ですかー?」
ラブホテルのフロント嬢か何かか。眼鏡をかけた、扇情的な女性がいた。
彼女とは、初対面だった。
「馬鹿に会いに来たのだが」
「こちらへどうぞー」
奥の書庫に案内されていた。
「――で?」
ようやく見付けた馬鹿は、メザニーン構造の書庫の階段の上から、そんなことを言っていた。
「言いたいことは山ほどあるんだが、体が大丈夫ならまあいい。さっさと登庁しろ勘解由小路」
「うーん、どうしようかなあ?部長の迷惑電話なら、気にせん方がいいぞ?少しずつ近付いているが、それだけだ。うしろにいるの。とか言われなければ」
何故知ってるんだ。メリさんのことを。
「あのおっさん、昔から妙に霊に好かれる体質だったらしいな。まあどうでもいいが」
「待て。どうして、それを知ったんだ?」
「何てことない洞察って奴だ。あー、まあ。お前には通じんだろうな。島原、俺が、何となくでこんな、カビ臭い家に住み着いてると思ったのか?違う。俺のジジイに用があったんだ」
「勘解由小路細――警視監か?」
ああ。こいつは簡単に言い、死人に用があったと証言していた。
「倒れてから、色々あったろう。ああそうだ、二階堂の奴は?ちゃんと死んでたか?」
何かが、引っかかった。
「ああ。遺体は俺が確認した」
まるで自然に、眠っているように死んでいたのだ。二階堂は。
もし勘解由小路がああなっていたかと思うと、血の気が凍り付くようだった。
「というか、よく現場が解ったな?湯沢の別荘跡地の廃墟なんてあんな場所」
「俺はお前とは違う。二階堂からの情報があった」
ふうん。まあいいや。二階堂を完全に一時忘却して、勘解由小路は、
「倒れたきっかけは怪奇だったが、まあ倒れてから色々なことが解った。例えば、三田村さん、お茶」
恭しく、アボリジニの精霊面が、勘解由小路に茶を持ってきた。
「アチチ。な?こいつ等のことだった。12人いたんだ」
「その内の1人か?イギリスで、撃たれたお前を庇ったのは」
島原は、今でも覚えていた。腕が、腕だけが、勘解由小路に向かって発射された、弾丸を掴み取ったのは。
「要するに、こいつ等は悪魔だ。俺はな?悪魔憑きだったらしい。これまたジジイの置き土産だ」
「悪魔――だったのか。だが、大丈夫なのか?最後の最後で、何か、大きなどんでん返しで破滅するとか」
「そりゃあ、お前が当時の彼女と見たオペラだろうに。魔弾の射手だろう。うちにザミエルはいないし、弾丸掴んだのは護田さんだったな。ああ、それで、こいつ等は何か?と言うところから始めた。この書庫はな、要するにこれもジジイの置き土産だったんだ。それで、俺はこれを手にした。永遠の叡知、ソロモンの指輪だ」
「ん?それか?だってそれは」
ああ、ああ、これは違う。
勘解由小路は、麻痺手を持ち上げていた。
左手の中指に、青い宝石の付いた指輪が光っていた。
「これは学生時代のバイト代代わりだ。ホープのダイアの欠片だ。ソロモンの指輪は、まあ形而上に存在する知識の円環。その頂点に光り輝くキーストーンのようなものだ。なんで便宜上、指輪と表現している。まあいい、座れよ」
ガタリ、と、不思議な力で、椅子が引かれていた。
迷いつつ、椅子を掴み、面妖な手動エスカレーターで、勘解由小路が降りてきて、大きなリクライニングチェアーに腰をかけた。
釣られて、島原も座った。
ついこの前まで、体に不自由のないこいつと、こうして座っていたのだ。
島原は、妙な胸の高まりを感じていた。
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