復帰戦

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復帰戦

 意識をトバした真琴が、背を向けて眠っていた。  後ろから、妊娠後期になったお腹をナデナデして、肩にキスするのが常だったからだ。  あー可愛い奥さんもらっちゃたなあ。  あ、でも、このベッドに寝てる、別の女の背中が。  あああ。迂闊に漏らすと、あいつ死ぬな。まあいいかあんな奴。  その時俺は、俺を訪ねてきた馬鹿と、向かい合って座ったことを思い出していた。それから、そのあと出会った馬鹿のことも。  ここ1ヶ月、トキが来たあとだ。ひたすら家の中を歩いていた。勘解由小路はそう言った。 「前に会った時は、車椅子で立つことすら出来んかったが、今はほれ、杖があれば普通に歩けるんだ」  不敵な顔で、勘解由小路はふんぞり返っていた。  麻痺した左腕が、不器用そうに垂れ下がり、左手の指は、常に軽く握られている。  右手は、普通にシャワルマなどを掴んで食っている。 「お前はあれだ、シャケ弁食うか?それか白弁黒弁和田弁」 「食う訳あるまいに!だが、そうか、もうここまで馬鹿が言えるのか」  馬鹿なのにお前は。島原は、少しホロッときていた。 「気味の悪い奴だな」  勘解由小路は、若干引いていた。 「そういえば、入院中に話したろう。この状態では、ほぼ警察業務が出来んが、それでも、辞めるつもりはないのか?」 「怪奇課こそが俺の城だと言っただろうが。俺が怪奇で、怪奇が俺だ」  何のこっちゃだ。とは思った。 「二階堂の穴埋めは、どうする?」 「あんな奴は本気で要らん。どっかにいるだろう。馬鹿野郎がきっと」  そんな馬鹿が見付かればいいが。 「そうか。復帰戦だな。復帰戦かそうか。ところで島原、連続犯罪者焼死事件て知ってるか?」  いつもとは、違っていた。いつもは、島原の方が事件の相談をしていたのに。 「所轄の方では、何かあったようだが。犯人逮捕には及ばない状況だ」 「ない。ほぼないんだそんな事件は。というのが警察サイドの意見だ。焼死体を発見したら、何故か池袋の殺人事件の犯人だったとか、東金の暴行致死事件の犯人だったとか、そういうのだろう?何1つないぞ動きは。警察は、自らの無能を喧伝して回っている。それを解決してやろう。手当たり次第に犯罪者を保護してやろう。何か出せ情報を」 「そう言われて軽々しく出せるか。最近だと、白銀台の不審な飛び降り自殺だ」 「それでいいぞ?まだ帳場も立ってはいまい。財務官僚がどうすれば、いきなり飛び降りるんだ?要するに殺されたんだ。生き別れた妹を、少女買春の商品にされてな。殺ったのは、組織的な売春組織の元締めだ。住所は――へえ、代官山だとさ。パパ活業者に毛が生えたチンピラの分際で」  ちょっと待て。島原は呆気にとられていた。  幾ら何でも早すぎるだろう。  前も、見てきたように他人の過去を語るような奴だったが、ここまで見境なく情報を得るような奴では。  立ち上がり、いきなり転んだので飛び上がりそうになった。 「おおすまんすまん。いきなりなることがあるんだ。高次脳機能障害らしくてな?」  やはり、お前は、そうなのだな?  何があっても、こいつは守ってやらねば。島原は、決意していた。  で、これは、何だ?島原は、掠れた声を出した。 「あん?覆面をポンコツ扱いするトキが、大衆車用意したんで乗れって、くれた。多分モンゴル製だと思うぞ?」  それはテムジンだ馬鹿め。  キャデラックワン・ビーストだろうに。  前にアメリカの大統領が来た時、警備の応援で呼ばれて、散々見た覚えがあった。 「運転手はこいつだ。轟さんだ。前にブライトンビーチで、ポーンと飛んでったお前を、飛ばしたのがこいつな?」  そんな紹介があるか。こちらもやりづらいだろうに。まあ思いっきり殴りかかったのは事実なんだが。  しかも、特に面が。能の小面(こおもて)が。  礼服を着た能の小面って、どこまでホラーなんだ?  座席は、思った以上にラグジュアリーで、ファンシーでもあった。 「思った以上に乗り心地がいいな。この車は」 「おう。シャンパン飲み放題だ。それでおっさんを轢いて湖に捨てると、あとで酷い目に遭う。そういう車だ。だからまあ、中古の事故車だこれは」  ラストサマーか。 「一応、被疑者は川藤隆だ。所轄が追っているはずだ」 「じゃあ行こう轟さん。代官山だってさ。島原、うむ、行こう。おい、行こうはどうした?そういうことにならんだろうが」  言うと思ったのか。  よく解らないが、すぐに車は代官山に到着していた。
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