島原の回想

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島原の回想

 勘解由小路降魔さんと12人の僕達 嗤う新聞記者新装版  私は島原雪次。警視庁で活動する管理官である。  私の胸に去就するのは、同期にして部下とも言える、勘解由小路降魔警部補という男への、複雑にして、何とも遣る瀬のない、諦観にも似た感情だった。  この男、確かに恐ろしく有能だった。  安楽椅子に座らせれば、立て板に水の如く喋り倒し、瞬く間に事件の真相を言い当てる。  確かに、有能な男なのは間違いない。  私も、同期としては鼻が高かった。  勘解由小路とは、大学時代からの友誼があった。  肩を並べて、恩師であるローク・ロックハート卿の、講義を受けた記憶もある。  イギリスの大学には、何とあいつの父親まで、教授として存在していたほどだった。  そこで、私は奴の国辱的な非常識さを垣間見ることになった。  そういえば、奴は、エコノミーという概念すら知らなかった。通常の座席がファーストクラス。それに乗れなかった残念な人間が乗るのがビジネスクラス。残りは手荷物等を格納する、荷物倉庫しか存在しないと思っていた。  そんな奴に、「おい、俺の横のシートに座れよ」と言われた、私が戸惑うのも解っていただけると思う。  奴の管財人というか、後見人は、遥か高い日本国の政財界の頂点に君臨する、過保護極まりない老女だった。  奴に気に入られた私は、まるで、ロイヤルファミリーにでもなったような、エグゼクティブな留学期間を味わうことになった。  しかも、それだけで終わらなかった。  留学中、奴が解決させた事件は30を優に超え、怒らせた向こうの警察関係者、保護に立ち騒ぐ大使館員で、無茶苦茶な有様になった。  まだ、警察官ですらない奴の、乱暴かつ乱麻をぶった斬るが如き奴の知性の冴えに、私と、同期の二階堂皇(にかいどうすめらぎ)も、大いに迷惑を被ることになった。  大学を卒業し、無事、というより、何かの策謀と思しきキャリア試験の突破を経て、奴は、警察官僚として国に錦を飾ることになった。  イギリスの閑静な村、コティングリー村の事件での逮捕歴は、何だか解らないが、揉み消されたようだった。  よく解らないが、その事件で知り合った、ライルとか言う少年と、遊んでいる内に夏季休暇が終わってしまっていた。  まあ、その事件の犯人は、ソフィー・ユーミルとかいう養蜂家の女性の単独犯であったことも解っており、奴にかかっていた容疑は誤り、というより不当逮捕に近かった。 「覚えとけよおおおおおおお!ライミー共があああああああ!第二次日英戦争やる覚悟あるのかあああああ?!」と叫んでパトカーに乗せられた、奴の姿を見て、何というか、心底ホッとしたのを覚えていた。  そのようなことがあり、怪しい偉そうな日本の学生は、無事、怪しい偉そうな日本の警察官になっていた。  その後、あまり私は勘解由小路と絡むようなことはなかった。  私は、捜査一課、捜一の管理官になり、奴は、相棒の二階堂と、怪奇課の刑事として捜査に当たっていた。  何とも幸せな10年間だった。  寧ろ、貧乏(くじ)を引かされたとしか思えない二階堂に、憐憫の情さえ抱いていたと言ってもいい。  奴は、自身の祖父が開いた、怪奇課という、奴にピッタリな部署を与えられ、そこで好き勝手をしているようだった。  そして、それは唐突に訪れた。  勘解由小路降魔が、半死半生で救急搬送されたのだった。  病状は、急性脳卒中による脳内出血。意識不明で危篤状態に陥っていたのだった。  脳を傷つけ、左半身に後遺症を呈していた。  左上肢全廃、及び左下肢に著しい障害を負い、入院期間は3ヶ月に及んだ。  奴の管財人、稲荷山トキ氏と、私は幾度かの面談を交わしていた。 「坊ちゃまを、このままにしてはおけません」  唇を噛みしめるように、彼女は言った。 「幾らかかってもよろしゅうございます。最高級の再生医療を施します。とくと、ご(ろう)じられませ」  私は、彼女の言葉を信じた。  問題は、奴だけではなかった。唯一の相棒の位置にいた、二階堂が殉職していたのだった。  実質、怪奇課は再起不能に追いやられていた。怪奇事件を解決するはずの人物の不在。予備人員の姿は全くなかった。  意外にも、刑事部長の野々村は、怪奇課の予備人員の補充に、東奔西走していたのだった。  何故かは当時は不明だったが、奴の亡き祖父、勘解由小路(ささめ)警視監に、若き日の野々村は関わっていたらしかった。  私も、何度か時間を見付けては見舞いに赴き、病後の新生活や、今後の展望などを何度も話し合ったが、奴は、どこ吹く風と病室の壁を見つめていたのだった。  当時は知る由もなかったが、現場で殉職した、二階堂のことを考えていたのだろう。  しかし、実際は、恐るべき裏切りが起きていたのだ。  勘解由小路は、人知れず、凶刃に倒れていたのだった。不可解な、悪魔の力によって。  ある時、勘解由小路は不意に立ち上がった。自立歩行など、遥か及ばない状況だった。  慌てて、私は駆け寄った。  左側から崩れ落ちた勘解由小路を、見えない何かが支えたのを目撃していた。 「大丈夫か?!勘解由小路?!」 「気にするな。確認したかっただけだ」  その時、私は言葉を失っていた。  顔の左半分が麻痺の影響下にある勘解由小路の表情は、殆ど死人に近かったのだった。  降って湧いた同期の男の禍事に、私は涙を零しそうになっていたのだった。
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