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「今日……十一月二十二日は、いい夫婦の日よね」
私はうつ伏せに倒れた彼に向かって、包丁を振り下ろした。彼の顔をちょっと持ち上げて覗くと、その眼は虚無をぼんやりと見つめていて、生気なんて微塵も無い。
嗚呼、人とは何と呆気ない生物か。簡単に血を流してしまって、可哀想に。でも、私の夢見た夫婦になるためには重要な過程なの。許してね。
「語呂合わせを活用すると十一で“いい”、二十二で“ふうふ”だったかしら。私はそれに、少し考えを付け加えてみたの。日付をいじると、こうなるわ」
私は彼の血でフローリングに計算式を描く。貴方の血、意外と触り心地良いわね。
11月22日→1+1月 2+2日
「いい夫婦、の“いい”を作り上げるために必要なのは?」
1+1の和は2。そう、それは二人の力よ。これを土台にすれば、誰だって素敵な夫婦関係を築ける。
もう一度、彼の胸にナイフを刺し込んだ。
「でも、二人一緒になるだけではまだ足りない。もう一つの式に着目しましょう」
2+2の和は4。そう、いい夫婦になるためには死が絶対条件なのよ。知ってた?
夫婦=二人+死。これが、素晴らしき夫婦の計算式。
玄関から聞こえたのはガチャリとロックが解除された音と、勢い良くドアが開く音。そして「ただいま〜」と可愛い子を演じるようなむかつく声。
その次に響き渡るのは、憎ったらしい女のしょうもない悲鳴だった。
彼は貴方如きのものではない、清純な私と結ばれているのよ! だってそうでしょう?
「私が自分の気持ちに気付いて、彼に初めて告白したのは、彼が四歳の頃よ? 十年経った今も愛しているのよ? この強い愛に勝る人物なんて居ない」
私は躊躇なく自分の胸にナイフを突き刺した。四十代後半の醜い女の目の前で。
私の計算式と解答に間違いなんて無い。
強いて言うなら、そうね……。十年前の私と彼の立ち位置が「保育園の先生と保育園児」の一文だけで説明出来てしまったことは、マイナス一点になるかしら。
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