第1話:賞金稼ぎ

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第1話:賞金稼ぎ

 赤と銀の満月が風化した柱や壁を照らし出し、世界をなんとも言えない明るさで包み込んでいた。かつては栄華を誇ったであろう巨大な都市は十数世紀も放置され、今や誰一人住む者などない遺跡となっていた。  住む人はいないが、そこで漁る者はいた。 「そろそろ何か出てきてくれないと、まーた赤字覚悟ラインに突入するんだけどさ……」  ブラウンの髪を後ろで無造作に縛った髪型をした人族の少女は、そうこぼすとかけていた丸目のゴーグルを額にずらし、ランタンの下に敷いた紙を覗き込んだ。そこには難しい計算式とラフな設計図のようなものが描かれていた。  あちこちの街を回って噂を聞いて回り、この巨大な都市廃墟に辿り着いたはいいが、そこからが謎解きの始まりで、ようやくこの変にお宝が埋まっているという結論にこぎ着けられた。  紙に刻まれた計算式はその格闘の痕跡であり、苦戦の記録でもあった。  ようやく絞り込めたのが、この辺という大ざっぱな範囲であり、その中で最も怪しいものが、今、彼女の目の前にある巨大な床石だった。  遺跡は全体的に一般的な人間の手首から肘程度のサイズの細長い石を大量に組み合わせて作られていた。基本的に柱も一本の岩を切り出してきて作られた物ではなく、ブロック状の石を積み重ねて作られている。しかし、この床石だけが異なっている。 「明らかに怪しいよね……」  床石は食堂によくある六人掛けのテーブルほどの大きさで、正直、どれくらいの重さがあるのか検討もつかない。  この床石をこれからどうしようかと首を捻っていると、ひげ面で頭にカモシカのような角をはやした魔族の大男が、ランタン片手に物陰からぬっと顔を出した。 「アルフィン。なにか出たか?」 「ネビル……。出てたらこんな不機嫌な顔はしていないって」  アルフィンと呼ばれた少女は不機嫌そうに唇を曲げて肩を竦めて答えると、ネビルはアルフィンの隣りに片膝をついて座り込んだ。 「あっちじゃベルがダウナーモドキをしてるが、この近辺に反応はあるようだぞ」 「ベルの護衛はいいの?」 「ユクシーがついているから大丈夫だろう。それにしてもコレはなんだ……?」  ネビルもその床石を見て、すぐにその異質さに気づいたようだった。 「持ち上げるには……重機が必要そうだな……」 「出来れば……使いたくないんだよねぇ……。燃料石代がさ……」  この岩一枚引き剥がすためにかかる経費を考えると、アルフィンは頭が痛くなってくる。  この下に確実に莫大なお宝が埋まっていれば問題はないが、予想以下のお宝しかなかったら目も当てられない。しかも、残念極まりないことに、そうした細かいお金に目端が利く人間は、このパーティにはアルフィンしかいない。 「ガーッとつかんで、バーンと開けちまえば大した燃料はかからんだろ」 「そのガーッとつかんでバーンって開いて、中のお宝が燃料代以下ならどうするわけ?」 「そりゃ……」 「燃料以下どころか、すでに盗掘された後だったとかね……」 「う……」  ネビルはしばらく目を泳がせた後、バツが悪そうに顎をかいた。 「まぁ、この石の状態からすると盗掘の可能性はないと思うけど、カラッポじゃ困るのよね。やっぱこの石、爆破するしかないかな……」 「じゃあ、ベルを呼んでこよう」 「よろしく」  そそくさと立ったネビルに後ろ手で手を振り、アルフィンは手動ドリルをバッグから取り出して石面の何ヶ所かに穴を開けた。岩質の密度は高そうだが、それほど硬いわけではない。 「そんなに爆薬はいらないかな……」  ブツブツこぼしながらアルフィンが敷石に手動ドリルでいくつかの穴をあけ、そこに薬剤の詰まった筒を押し込んでいく。そんな作業をしている間に、ネビルが扇情的とも取れるシースルーな衣服を着た女性――ベルを連れてきた。  緑色の髪がやや光沢を帯びており、尖った耳が妖精族であることを物語っていた。ネビルと並ぶと、文字通り美女と野獣の組み合わせが出来上がる。 「ユクシーは?」 「ちょっと見回ってから来るそうだ」 「うふん。ここを爆破するの?」 「爆薬はセットしたから、ドカンっていっちゃって!」  全員で敷石から一〇メートルほど離れた物陰に隠れ、そこでベルは透き通るハミングのような音――精霊言語――を紡いだ。その音に空気が震え突然床石の上の空気がギュッと圧縮して景色が歪んだ直後、爆発した。そして魔法の爆発に続いて小規模の爆発が連鎖し、ズズンという地響きが轟いた。 「派手だな」 「これでなにも無かったら、赤字で私の顔面が鼻血で派手になるわぁ……」 「お前な……あんまり金にうるさいと……」 「あぁん? なんですって? 穴ナベ勘定のお父様? アテクシになにか説教でもありまして?」 「い、いや……」 「あはん。ネビルの負け~」  クスクスというベルの笑いとケケケというアルフィンの笑いにネビルはなにも言い返せなかった。実際、穴ナベ(穴あきナベ)と言われるほど、ネビルの金銭感覚はザルだった。  ネビルがバツの悪い顔をしている間に土埃が薄れ、綺麗に割れた床石が姿を見せた。  その床石の下から銀色の砂が覗いているのが見えた瞬間、アルフィンの目の色が変わった。 「銀砂よ!」 「完ブツがあるかもしれんな!」 「お宝!」  アルフィンが砕けた床石に飛びつき、砕けた隙間から覗いた銀砂に手を差し込んでみる。  きめ細かく挽いた小麦粉の袋に手を突っ込むような、ヒンヤリとしてぎゅぎゅっと詰まった感触が肌から伝わってくる。 「派手な音を立てたけど、なにか出てきたか?」  現れたのは短弓を構えたアルフィンと同じ年頃――十六、七歳くらいの人族の黒髪の少年、ユクシーだった。 「まだブツは分からないけど、銀砂が出たわ」  銀砂と聞いてユクシーは口笛を吹いた。  彼らが求めるお宝は、質の良い物ほど銀砂に包まれているからだ。 「早速だけど、ネビルとユクシーは、その辺の棒を使って、そこの割れた石の破片をどか……」  アルフィンが言いかけた言葉を飲み込んだ。不自然な震動を感じたからだ。  カタカタ……と爆発でできたガレキが揺れはじめた。  ズン……と重い地響きに、細かい砂礫があちこちから零れ落ちた。 「この震動……フォートレスか!?」  ネビルはすぐさま地面に置いた自分の荷物から、長大な大剣を持ち上げた。二メートルほどある彼の身長と同じ長さの剣。剣というよりも長い鉄板という方が、その無骨な外見には相応しかった。 「ユクシー。どっちから来る!?」  いつの間に動いていたか、ユクシーはスルスルと崩れかけた柱に上り、耳を欹てていた。 「東だ! デカイ!」  またもやズズン……という重い音が響き、ガレキが崩れた。そればかりか、東の方からもガラガラと壁が崩れる音が聞こえてきた。  全高一〇メートルは優にある巨体は人型に見えなくもないが、トカゲを思わせる長い首と、前傾姿勢を取っているように見えた。同時に生物には不自然なサーボ・モーター音や金属が軋む音が漏れ聞こえてくる。 「重量級のレリクス・フォートレスか……」  超古代文明遺産であるレリクス。その中でも最大の遺物である対魔獣・対攻城兵器。それがレリクス・フォートレスと呼ばれる物だった。 『あはーん! はははは~ん! 感度良好。そこのボンクラども。二度と言わないからしっかりとお聞き! 今発掘しているお宝を全部置いて、とっととケツまくってお逃げあそばせ! さもないと、このレリクス・フォートレス・グランディアが、あんたらをペタンコにしちまうよ!』 「あの声はバレンシアだ!」 「あの性悪女! 横からやってきて、私たちのお宝を掠め取る気よ!」 「掠め取らせはしないさ! ユクシー、アルフィンこっちもレリクスを起動しろ! ベルは俺を援護してくれ!」  ネビルの指示が飛ぶが、その言葉にアルフィンは情けない顔をして地面に膝をついた。 「お金が……掌から零れ落ちていく……」 「バカ野郎! お宝をかっ掠われたら、さらに金がなくなるぞ!」  金がなくなる。その言葉にアルフィンは我に返り、バネ仕掛けの人形のように飛び起きた。 「ユクシーはコクピットへ! 私が起動するわ!」 「分かった!」  アルフィンとユクシーの二人は、少し離れた自分たちのキャンプ地に向かって走り出した。  その間、ネビルは大剣――対フォートレス・ソードを構え、バレンシアが動かす恐竜のようなレリクス・フォートレスを睨みつけた。 「見ての通りだ。お前にお宝を渡すつもりはないぜ?」 『あはーん! ははは~ん! こっちも期待しちゃいないさ。じゃあ、今度こそ死ね!』  バレンシアの台詞を合図にレリクス・フォートレス・グランディアは巨大なカギ爪がついた腕を振り上げネビルに向かって振り下ろした。  ガイン! という金属同士がぶつかり合う音が火花と共に飛び散った。ネビルがその巨大なカギ爪を大剣で弾いた。  二合、三合とネビルは大剣を振るい、その都度火花を散らしてカギ爪を弾いてゆく。 『いい加減に潰れておしまい!』 「潰れるのは貴女じゃなくって? うふん」  ネビルがグランディアと刃を交わしている間に準備を整えたベルが、精霊言語で祈りを練り上げ、言葉の鎖をそのボディの上に這わせていた。  鋭く甲高い、人間の耳には絶叫にしか聞こえない叫びに呼応するように、グランディアにまとわりついた言葉が青白く光、炎を上げて燃え上がり、グランディアを爆炎に包み込んだ。  燃え上がった爆炎の風圧で尻餅をつくように、グランディアは地響きを立てて転倒した。 「ザマねえな!」 『お黙り! 今すぐひねり潰してやるからさ!』 「残念、時間切れだ!」 『なに……? くっ……』  グランディアの目線の先には、体高が六メートルほどの小ぶりなフォートレスが立っていた。それはグランディアに比べればよほど人間に近い、甲冑を着た人間のような姿をしたフォートレスだった。
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