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第11話:暴風……到来……
ベルゼ精霊殿――
かつて存在した古代超帝国が精霊と意思伝達するために造ったと思しき施設遺跡であり、発見者の名前をとってベルゼ精霊殿と呼ばれているが、正式な名称は分かっていない。楕円錐状のピラミッドのような精霊交信施設を中心に、縦横四〇〇メートル四方の敷地に様々な建物が点在している。
中でも特筆すべき物は、古代超帝国の盛衰を刻んだ数枚のレリーフが残されていることだった。
レリーフには、数千隻もの空を征く船を揃えて繁栄を極めた超帝国の姿が描かれ、それが火山の噴火や津波に襲われ、一夜にして街が森に変わっていく様子が刻まれていた。最後は、森に呑まれ、廃墟と化したこの精霊殿で、泣きながらレリーフを刻む伝道師たちの姿で締めくくられている。
この世界の人々の記憶に受け付けられ、ずっと語り継がれてきた〝虚無の魔物〟によってなにが引き起こされたのかが、このレリーフの発見によって解りはじめた貴重な遺跡だった。
そんな遺跡で、今、発掘を行っている賞金稼ぎたちがいた。
クランクトン兄弟と呼ばれる、元エタニア帝国貴族の兄弟たちだ。物好きにも三人兄弟揃ってレリクス好きで、埋蔵品を自ら探したいと兄弟で妄想した挙げ句、領地もなにもかも処分してケープ・シェルにやってきたという逸話を持っていた。
そんな彼らが駆るフォートレスは一〇メートル級の重量型で、肥満したレスラーのような体型をしているアレクトーと、ある意味貴族的とも言える派手な外観をした六メートル級の人型(騎士型のメガエラだった。普段なら巨大なウォーアックスや派手な剣を武器として使用しているのだが、ここではそれを置いて、鉄板を使って建設重機よろしく地面を掘り返していた。
細かい発掘作業は人の手作業になるが、大まかに掘る場合、フォートレスを活用すると効率がよかった。
「雨が降ってきそうだな……」
二〇人ちょっとのパーティメンバーの作業を監督しながら、クランクトン兄弟の長男であるマイルズが、泥汚れがついた口元をタオルで拭いながら、曇天が覆い尽くして雷鳴が轟きはじめた空を見上げた。
「マイルズさん、その石どうします?」
「ああ、それは……ん?」
質問してきたメンバーに答えようと目線を下ろした瞬間、彼の目に遺跡の広場に起動状態で歩行侵入してくるフォートレス――エスパダ――の姿が留まった。
起動状態で接近するなど、戦闘意志があるとしか思えない。
「敵襲!」
マイルズの叫びにメンバーの行動は迅速だった。
モッコやシャベルを投げ捨て、単発式歩兵用ガンランスに持ち替え、掘っていた穴に塹壕よろしく半身隠しながら身構えた。
アレクトーとメガエラが、それぞれの武器を手にして彼らの前に立った時、こちらに気づいたのかエスパダは立ち止まって両手を上げて見せた。
『すまない。敵意はない! キャリアーを引く牛が殺されたから、フォートレスで引いてきただけだ。もう一度言う。敵意はない!』
ユクシーの説明通り、エスパダは倒したフォートレスをキャリアーに括り付けてここまで引いてきただけだった。もちろん、その背後から現れたグランディアも、同じようにキャリアーを引いていることが確認できた。
『ここでドラグーンに戦利品を格納する予定だ。敵意はないから安心してくれ』
「よし。武器を下ろせ。ありゃ、ネビルのところのエスパダだ。嘘は言わないだろう」
マイルズは手を上げて武器を下ろさせ、自分でも分かったというように高く単発式歩兵用ガンランスを横向きに掲げて見せた。
『感謝する』
エスパダの言葉に頷いて見せながら、さらに確認すべくマイルズ一人でエスパダに近づいた。
エスパダもグランディアも、かなり長く荷車を引いてきたために膝下が汚れ放題になっていた。それだけ見ても、嘘を言っていないことが分かった。
「補給はいるか? 安くしとくが?」
その言葉に荷車から飛び降りたアルフィンが応じた。
「大丈夫です。自分たちの装備は全部持ってきたので。でも、お心遣いありがとうございます」
「なぁに、持ちつ持たれつだ。しかし、奇妙な組み合わせだな……」
ネビルのパーティに対して、バレンシアはあまりよろしく思っていないというのが周りの見解だった。それが一緒に行動しているというのだから、これは街に帰ったら酒の肴になる話だった。
「まぁ、流れで……ですかね?」
「あとで経緯を聞かせてくれよ。飯代は出すよ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、私は発掘に戻るよ」
「はい!」
後ろ手に手を振って去って行くマイルズに頭を下げてから、アルフィンは荷ほどきに入った。さっさとドラグーンに戦利品を積み込んでしまわないと、いつまた何かの襲撃がくるか分からない。
「ユクシー。エスパダでそこのフォートレスから運び入れて」
『分かったよ。お前もテキトーなところで休めよ』
「大丈夫。私は荷車に揺られていただけで、十分休憩は取っているから」
むしろ数時間も狭いコクピットの中に閉じこもっているユクシーの方がアルフィンとしては心配だったし、長時間稼働で発熱しているエスパダのエーテル・ジェネレーターも気になった。この程度では爆発しないことは分かっているが、熱疲労を起こしていることは確かで、露出しているジェネレーターの筒が真っ赤になっている。
「荷物を運び入れたら、火を落としてね!」
「分かってる!」
空からゆっくりと降下してきたドラグーン・バリシュの腹部格納庫の扉が開くのを待って、エスパダとグランディアはそれぞれ荷物を運び入れはじめた。
「これで一息つけるのだ」
「そうねぇ……。ボブもお疲れ様」
「な、なんのなんの……」
疲れた様子を見せつつアルフィンのそばにやってきたボブは、大きなドラグーンの船体を見上げて感心したように言葉を漏らした。
「大きいのだ。こんなのが本当に飛んでいるのだな……」
「ボブは見るのは初めてなの?」
「僕はずっと田舎暮らしで、港があるような街には行ったことがないのだ」
「そっか……。ケープ・シェルに行くと、これよりも大きな船がたくさんあるよ」
ボブは驚きに声も出ず、まん丸に目を見開いてアルフィンを見上げた。
その顔が面白くて、アルフィンは思わず吹き出した。
「バリシュはドラグーンの中でも比較的小さな方なのよ」
「こ、これで……なのだ?」
バリシュの全長は八〇メートル強。九〇メートルはないだろう。
確かにドラグーンの中では小型の部類に位置する個人用船舶だ。軍用艦だと最大で五〇〇メートルにも達する物がある。
「お? ウチの船を褒めてるのか?」
「そうよ。ボブはドラグーンを見るのが初めてなんだって」
「ほほう。そいつは乗ったらもっとたまげるってやつだな」
ようやく打ち解けてきたのか、親しげに話しかけてきたランディは渋面を作らなくなっていた。
「それにしても……なんでネコは上着だけしか着ないんだ?」
「ネコじゃねーし……。上着だけ? ちゃんと全身服を着ているのだ」
「え?」
ボブの意外な言葉にランディだけじゃなく、アルフィンまで驚いてボブを見た。
「いや……だって……ほら……ネコの姿のままだろ? 服らしい服は……ベストだけじゃねえか?」
「だからネコじゃねーし……。ちゃんとネコの毛皮服をまとっているのだ」
「え……? はいーっ!?」
意外過ぎる発言にさすがにアルフィンも驚きの声を上げていた。
「アルフィンまで、なんでそんなに驚くのだ?」
「いや……だって、ネコの毛皮服って……。ネコを狩ったの?」
「いいや、狩ってはいないのだ。もらったのだ」
「え……?」
ますますボブの言葉が理解できずに二人は首を傾げた。
「僕らケット・シーはネコっぽい妖精なのだ。で、ネコが勝手に僕らを崇拝して、あいつらが作った毛皮服を僕らにくれるのだ」
「ネコが……毛皮服?」
「そうなのだ。あいつら普段からモフモフの毛皮服を着ていて、本当の姿を誰にも見せていないのだ」
確かにネコの皮は本体にくっついていないと言う話をアルフィンも聞いたことがあった。しかしそれが服だと、誰が想像しただろうか?
「僕らの本当の身体は他の種族からは見えないのだ。だから、話しづらいからこうしてネコの毛皮服を身に着けているのだ」
「じゃあ……そのベストは……」
「オシャレなのだ! 似合うのだ?」
「う、うん……。似合ってるよ」
褒められて喜ぶボブの傍らで、アルフィンとランディは必死で頭の中を整理していた。
つまり、町中でたまに見かける動物妖精族は、みんな半裸なのではなく毛皮服というものを着ているのか……と。
「なあ……どうやって脱ぎ着するんだ?」
「背中に秘密のジッパーがついているのだ」
「それは……ネコも同じなのか?」
「そうなのだ」
実はネコも服を着ていた。その新説に、ランディはこれからネコをどう見ていいのかわからなくなってきて頭を抱えて座り込んだ。
「どうかしたのだ?」
「いや……ちょっと……整理が追いつかねえ……」
それはアルフィンも同じ気持ちだったが、荷物を運び入れたエスパダが休止態勢に入ったため、一度頭を切り替えてその手伝いに走った。
「おっと……雨が降ってきたな……」
ポツポツと降り出した雨は、瞬く間に雨足を上げて本降りとなった。
こうなってくると発掘も中止だ。マイルズのパーティも雨宿りに走っていた。
遠くで雷鳴が轟き、停止しつつもまだ高熱を持っているエーテル・ジェネレーターに雨粒が当たり、シュウシュウと音を立てて蒸発していく。
「ある意味助かったね。これで急速冷却ができるわ……」
ドラグーンの軒下で雨宿りをしながら、雨に当たって冷えていくエスパダを見てアルフィンはホッとした声をもらした。
エスパダの隣りには、同じようにエーテル・ジェネレーターから蒸気を発しているグランディアの姿があった。
「こっちも同じだな……。熱持ったまま格納すると、格納庫が暑くてな……」
「そっちは六発だものね」
「まぁなぁ……」
アルフィンの隣りには先ほど同様にボブとランディがやってきて、所在なげな様子で空を見上げていた。ユクシーは疲れ切った様子で、格納庫のフタ兼登場板の斜面に大の字になって寝転がっていた。
みんなこの雨でやることがなくなり、雨が止むのを待つしかない。
そんな平和なひと時が雨と共に訪れていた。
だが、それもさほど長くは続かない……。
「敵襲!」
マイルズのパーティの見張りの叫び声が響き、全員が身構え、寝ていたユクシーも飛び起きた。
「どこから……?」
「鈴の音なのだ!」
鋭敏なボブの耳が雨音に消されがちな微かな鈴の音を捕らえた。
「鈴……?」
「レッドキャップか!?」
「アルフィン! エスパダ起動用意!」
雨の中、ユクシーは走り出し、アルフィンたちはそれに続く。
少し遅れてドラグーン・バリシュの格納庫からバレンシアも飛びだしてきた。
ユクシーはエスパダに飛び乗り、バレンシアもグランディアに搭乗する。アルフィンたちはずぶ濡れになりながら、手分けしてそれぞれの起動準備に入った。
光熱石を起動ソケットに押し込み、発電ハンドルを回す。
エスパダは二発式だが、六発式のグランディアは起動準備でもその三倍時間がかかる。起動コード接続のためにランディが走り回り、ボブがソケットに光熱石を差し込んでいった。
そうしている間に鈴の音がひとつ……。またひとつと増えてゆく。
薄闇の中にボンヤリと赤い眼が一対、また一対と増えてゆく。
生き物の血で己の帽子を赤く染めあげることに執着する魔物――レッドキャップたちだった。カモシカのような脚に人間から見たら醜悪な皺だらけの顔を持つ魔物。しかし、それが集団で動き回るなど、アルフィンたちは聞いたことがなかった。
戦闘力を持たないドラグーン・バリシュはすでに浮上を開始し、上空の安全地帯を求めて上空待機に入っていた。しかし、雷鳴が轟き、時折稲妻が走る空も決して安全とはいえない場所だった。
『ランディはその子たちと待機だ!』
「アイ・サー! 姐さん、お気をつけて!」
アルフィンが辺りを見回すと、マイルズのパーティたちのテントから、こっちへ来いというランタンを使った合図が見えた。
薄闇の中で、三人でいるよりも彼らと合流して固まった方が安全だった。なにより、ネビルたちもあちらにいるのだから。
「あっちに避難しよう!」
「承知だ!」
三人はレッドキャップたちの様子を窺いながら、必死に走った。
しかし、レッドキャップたちが襲ってくる様子は未だにない。
「アイツら、なんで襲ってこないのだ!?」
「森の中にも展開しているのか?」
包囲して一気に血祭りに上げようという算段なのか? しかし、それにしては森にその気配がなかった。
「待って!」
「なんだ!?」
立ち止まったアルフィンは耳に両手を添えて必死に音を聞き取ろうと神経を尖らせた。
降りしきる雨音が邪魔をするが、時折、その音に混じって木の幹が倒される音が聞こえてきた。同時にそれが倒れる地響きも……。
「レッドキャップだけじゃない……なにかが……来る!」
ズズッ……ズズッ……。
なにか巨大な物が引きずられるような音が雨音に混じって聞こえてきた。
森の木々がまた倒さる地響きが轟く……。
薄闇の中に、より暗い影が持ち上がり、赤く光る翼を広げてその巨体を空に浮かび上がらせた。
「バジュラム……」
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