第17話:北へ……

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第17話:北へ……

「ありがたい意味深なお言葉ももらったわけで、俺たちの今後の方針を決めなきゃならんのだが……」  そうネビルは前置きして商会倉庫の空きスペースに頭を並べた一同を見回した。アルフィンとユクシーはもとより、出かけていたベルもボブも戻ってきていた。バレンシアとその直属の手下であるランディとガリクソン。そしてこの商会のオーナーであるイサークがおり、全員がこの周辺地図を見つめていた。 「マイス遺跡なんて初めて聞く名前なんだが……誰か心当たりはあるか?」  誰もが渋面を作る中、ボブが恐る恐るという様子で手を上げた。 「おぼろげな記憶なんだけど……。聞いたことがあるのだ」 「おぼろげで構わない。どこだ?」  ボブは一生懸命に身体を伸ばし、地図に描かれたケープ・シェルから海岸沿いに北に手を動かした。 「クラウツェン精霊首長国を通り越して、ベイ・フリップの先。荒野の中にそんな名前の遺跡が眠っているって聞いたことがあるのだ」 「ベイ・フリップ……か……」 「厄介すぎる場所だな……」  ネビルが忌々しそうに、そしてイサークが苦々しく言葉を漏らした。  そこは〝盗賊都市〟と異名を取る危険の都だった。  地上よりも広大でどれほどの規模を誇っているのかも分からぬ地下街が作られ、そこを牛耳っているのが暗黒街の幹部会だ。  イサークとて娼館や賭場を仕切っているので、ケープ・シェルの暗黒面を支える者と思われがちだが大きく異なる。麻薬や窃盗、暗殺などに手を出していない。あくまでもイサークは歓楽街の支配人の一人であり、一部地域の顔役という立場だった。  街の人々は畏怖と尊敬の念を抱きこそすれ、恐怖に怯えるということはない。  だがベイ・フリップの首領たちは異なる。自分のたちの利に繋がるならあらゆることを手段を選ばずに行い、恐怖で支配するのだ。 「帝国の動きも気になりますな……」 「なにかあるのか?」 「キミたちがバジュラムと遭遇したことに箝口令は敷かれていない」 「事が生命に関わるだけに仕方ねえな」  更に言えばここは自治が許されている都市とは言えど、エタニア帝国の保護領であることに変わりはない。評議員の誰かが帝国に報告ないし助けを求めた可能性もある。 「帝国軍が進んでこの街を助けるとは思えぬが、これ幸いと武装強化に乗り出す可能性も十二分に考えられる」 「横取りか……」 「どういうことだ? 信託を得られたのは俺たちだけだろう?」  やりとりの意味が分からずユクシーが口を挟むと、代わりにバレンシアが答えた。 「宣託はあっちでもやってる可能性があるってことさ。同じ宣託を受けている可能性だってある。嫌らしい盗掘者どもめ……」 「ああ、そういうことか……」 「そうなりゃ遺跡探しも競争ということになりかねん。最悪、事を構える可能性もあるが……その場合はどうしたらいい?」  もちろんネビル的には相手が帝国軍だろうがなんだろうが、自分たちの獲物を横取りしようとする奴らがいた場合は踏み潰すわけだが、一応、スポンサーの顔を立てる必要があるためお伺いを立ててみた。  それに対してイサークは苦笑を浮かべた。 「だからこそキミたち個人で動いてもらうのだ。あくまでもキミたちは賞金稼ぎだ。この都市の警備軍ではない」  それは戦っても構わないが、あくまでも個人という立場であってこの都市の公的立場を取らないということだ。つまり、なにか問題が発生しても、ケープ・シェルもイサークもなにひとつ対応はしないということになる。  汚い大人のやり口とも言えるが、逆にネビルたちの足枷にしないための措置でもあった。 「結構だ。その代わり補給とバックアップだけはしっかりしてもらおう」 「それは間違いなく行わせてもらう。例え帝国軍の横槍が入ってもな」  足枷はなくなったが、問題はどう行くべきかだった。  普通に北上したのでは、クラウツェン精霊首長国の領内を通過しなければならない。  ドラグーンを使っての移動になるため海上ルートを取ってもよいのだが、これから夏に入る季節、海上は嵐や水棲魔獣に遭遇する可能性が高い。 「水陸両用機がないからな……」 「沿岸沿いに北上するのが安全なんだけどねぇ……」  荒事に慣れたバレンシアも、水中戦ができない状態で水棲魔獣の巣窟に挑むのはためらわれた。といっても、水陸両用機などという貴重なフォートレスは中々手に入らない。 「狂信者の街を行くルートしかない……か……」  クラウツェン精霊首長国。そこは伝導師たちが作り出した宗教的都市国家だった。おそらく都市国家としては世界最大の人口を抱えている。隣りの都市だがケープ・シェルから五〇〇キロも離れた場所にある。  元々はクラウツェンの塔と呼ばれる精霊殿の遺跡があり、そこを聖地として築かれた都市だった。そのため伝導師たちの発言力が強く、都市国家代表である太守も伝導師たちの長の間で選挙されて決まる仕組みになっていた。  そうした関係から精霊崇拝にやたらと厳しく、精霊と共に生活し、力を貸し与え合うという本来の伝導師たちとの教義と異なり、とにかく精霊を崇拝し敬えという奇妙な教義になり果てていた。 「念のために通行の旅券は手配しよう。なにかあった時に最低限の補給ができればそれで良いだろう。なるべく関わり合いにならぬことだ」  イサークの言葉に全員が頷き、北へ向かう準備に取りかかった。
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