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第4話:バレンシアは高笑う
対岸にエタニア帝国の最東端の街ハーナムを見る大陸最西端の帝国衛星都市国家ケープ・シェル。ここは帝国が人跡未踏の大陸開拓のために配置した都市国家であり、ここより大陸に分け入る者たちが集まる吹きだまりだった。
そうここは帝国よりも法律がゆるく、ならず者たちが集まる街。千数百年前に滅んだ古代超帝国の残滓の遺跡荒らしを生業とする賞金稼ぎたちが集まる場所だった。
人が集まれば権力者や有力者が現れる。
そうした有力者の一人でこの街の賭場を一手に仕切るガルザンの娘の一人が、あのバレンシアだった。
「お嬢様の御髪は本当にお綺麗ですね」
「ありがとう」
召使いの若い娘にハニーブロンドの見事な髪をとかさせながら、バレンシアは物思いに耽っていた。
大ぶりのメロンでも詰まっているのかと思うほどの豊満な胸にきゅっと引き締まったウエスト。そしてそこから流れる曲線を描くヒップライン。美の女神に愛された身体というのは、まさに彼女の身体を指すのだろう。そしてややキツメの眼差しを持つ顔も男を魅了するものだった。
こんな女性が、あの巨大な恐竜を思わせるレリクス・フォートレス・グランディアを操縦していたとは想像しがたい。
しかし――
「お嬢! てーへんだ!」
バンッと激しい音と共にドアを開けて部屋に飛び込んできた男はネビルに牽制射撃を行った赤毛ひげ面の細マッチョだった。
「姐さんと呼びな、ランディ! それと部屋に入る時はノックをおし!」
召使いの娘とは打って変わったドスの利いた声にランディは慌てて取り繕うように敬礼したが、すぐさま表情を崩した。
「あ、姐さん! てーへんだ!」
「なにが大変なんだい! さっさとお言いよ!」
「アルフィンどもが、またフォートレス探しに出やがった!」
「アル…フィン……?」
「ネビルの養女のアルフィンだよ!」
そう言われてバレンシアは少し考え込んだ。
「あの小娘の名前はアルフィンだったわね……。分かりづらいからネビル一派とお言いよ!」
「だって、あいつらを実質仕切ってるのはアルフィンだろ?」
「あーもういい! で、ネビルの奴らがなにを狙ってるって?」
「バジュラムだ」
「なんですってー!」
バレンシアが怒り狂って椅子の肘掛けを叩いて立ち上がったため、召使いの娘はあわてて髪をすくのを止めて数歩下がった。
「人様が狙っているものに目を付けて横取りする気なんて、良い度胸してるじゃないか!」
数日前に自分たちがアルフィンたちが発掘していたものを横取りしようとしたことをそっちのけで、バレンシアは地団駄を踏んで怒り狂い、壁にかけられた巨大な大陸の地図の前に立った。
「奴らが仕入れた情報はどの程度だと思う?」
「ガイムから情報を仕入れていやした」
「ガイムか……。アイツが持ってる情報ならタカが知れてるねぇ」
バレンシアはケープ・シェルから東に向かった場所に描かれたガン・オルタ遺跡にまで指を走らせた。
「大方、ガン・オルタの北東部のベルゼ寺院遺跡を発掘していたニルスが遭遇したって情報を元にしてんだろ」
この街を仕切る有力者の娘だけあって、バレンシアはかなりの情報を仕入れる能力を持っていた。
そして彼女の細く白い指が留まっているベルゼ寺院と書かれた場所に周囲には、いくつものピンが刺されており、ピンにヒモづけされたメモが壁に貼り付けられていた。それはその周辺でバジュラムに遭遇したパーティたちの証言や、全滅した痕跡情報が書かれたメモだった。それらが物語ものは――
「ガイムめ……バジュラムにネビルたちを襲わせて、あいつらの所持品を奪う気かねぇ……」
バレンシアの呟きには侮蔑の色が強く浮かんでいた。
それを察したかのように、ランディも同意した。
「あのハイエナ野郎ならあり得ますぜ。なにより嘘は言ってねえからタチが悪い」
そうガイムは嘘は言っていない。しかし、その周辺で十数もの探索パーティがバジュラムに遭遇していることを告げていない。
「ネビルがただやられるとは思えないけどねぇ……」
グランディアを撃退した腕を持つネビルたちだが、相手はグランディアをはるかに上回る弩級サイズのレリクス・フォートレスであり、エタニア帝国の建国に寄与した国家旗手人馬型フォートレス・ヘクトリオンよりも大きいとされている。
一概にフォートレスの強さは大きさと正比例するわけではないが、桁違いのサイズ差は戦力差に直結する。そのためバレンシアはできるだけ大きく、戦闘力が高いと思われるグランディアを仕入れたのだ。もっとも、まだ馴らし運転中にネビルたちに横槍を入れたため、大した力を発揮することができなかったが……。
だが、明らかにユクシーが操縦するエスパダでは力不足だった。
「危ないところを助けてやって、貸しを作るのも悪くないねぇ……」
「姐さん……なんか悪い顔してやすぜ?」
「はぁ? 悪い顔だって? あは~ん! ははは~ん! 当たり前だろ、悪いことを考えてんだからさぁ!」
仰け反り高笑いを放ったバレンシアはキッと表情を引き締めて、後ろに控えていた召使いの娘を見た。
「直ちに探索に出ます。急いで私の支度をなさい!」
「はい! かしこまりました!」
静かに頷き、地図に向き直ったバレンシアはまたニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「私の前に跪いて感謝するネビルと小娘の姿を想像すると、悪い笑いが止まらないねぇ……」
「姐さん……オレとあの子で態度が思いきり違うんすけど……」
「当たり前だろ。お前たちは私の直属の手下だ。あの子は父上の雇い人だ。態度も変わるってもんだろ」
「ま、まぁ……そう言っていただけると嬉しいんすけどねぇ」
「ゴチャゴチャいってないで、ガリクソンを叩き起こして準備をさせな! アイツはこの数日徹夜でグランディアの修理をしていたはずだからね」
「へい! そいじゃ、失礼しやす!」
バタバタと出て行くランディを背中で見送り、バレンシアは地図のピンを睨んでほくそ笑んだ。
「ふ……最終的にバジュラムを手に入れるのは私よ。あは~ん! ははは~ん!」
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