同調

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「専門家と言われましてもね、何にも分かっちゃいないんですよ。真っ先に研究を始めたってだけで」  そう語るのは○○大学の××先生。××先生は『同調』研究の第一人者です。 「今分かっていることは『同調』しても変化するのは顔だけで体は変わらない。つまり、DNAは変わらないんです。だから遺伝子の多様性が失われる訳ではない。人類という種の寿命が短くなる訳ではないんです」 「でも『同調』って不気味じゃないですか? 私は自分の顔を変えたいとは思わないし、同一になる意味が分からないです」 「意味なんて誰も分かりませんよ。あるものはあるんだから。受け入れるしかないでしょ。  ただ僕は、このような現象が起こったのは、人類が個としての発達を遂げた故の進化の過程ではないかと考えています。  『同調』が起こる前、二十一世紀の婚姻制度は不完全なものでした。既婚者であることを隠して近付き不倫に加担させる詐欺行為が裁かれず、被害者であるにも関わらず加害者として裁かれる事例が横行していました。  逆に他の男性の子供を夫の子供として育てさせる托卵(たくらん)と呼ばれる事象が頻発していました。  托卵は鳥類によく見られる習性ですが、自分の卵と生まれた雛の世話を別の個体に押し付ける行為です。『同調』によって人類の托卵は事実上不可能になりました。生まれた子の顔で判別できる訳ですからね。そう言った意味では種ではなく個としての利益は発生していますよね」 「うーん確かにそう考えると悪いことではないのかも……?」 「今は何に登録するにしてもマイナンバーカードとの紐付けが必要でしょう? マッチングアプリもマイナンバーの紐付けが必要だし、そうなるとそもそも既婚者は弾かれる訳ですよね。社会プロフィールを確認した履歴も残るから知っていて不倫したかどうかも分かるし。  万が一騙されて妊娠しても、婚外子もDNA検査をすれば裁判も起こせますし、養育費の請求か政府運営の赤ちゃんポストへの申請ができます。子供は宝ですから、詐欺行為に遭った上に経済的理由で堕胎されていた命を拾い上げる仕組みが整った訳ですね。  そもそもやましいことがなければ結婚くらいできるはずですから、顔を変えたくないから結婚したくないという人の言葉は疑ってかかるべきでしょう」 「××先生はそう仰いますけど、私は結婚したい気持ちと顔を変えたくない気持ちは両立するように思います。ずっとこの顔で生きてきたんです。アイデンティティが失われるのには抵抗があります。  それに男性は女性と比較して美しくなろうという努力をしない人が多いじゃないですか。正直これまで掛けてきた労力やお金を掠め取られているようで気分が悪いです」 「なら結婚しなくても、パートナーシップ制度を利用すれば良いのではないでしょうか?」 「でも、世間の同調圧力ってかなり強いですよね。美人は結婚するべきだ、お高くとまっているって。『同調』して社会に還元しろって。アナウンサーなんかをしているとそういった圧を感じます。  先程先生が仰られたやましいことがなければ結婚できるはず、と言うのも男性だから言えることではないですか? 私はやましいことはありませんが、顔を変えるのだけは納得できません」 「確かに言われてみるとそうかもしれません。先程の発言は撤回します。この場を借りてお詫びいたします。 ……でもね、僕はこうも思うんですよ。多くの鳥は求愛のために歌、囀りを進化させます。孔雀の雄は求愛行動のために羽根を美しく進化させました。  人間が美しさを生存戦略として繁栄していくなら、それもまた良しとすべきではないですか。生物の生存戦略として、『同調』も悪いことばかりではないのではないでしょうか」 「そうかもしれませんね。では先生、今後の展望をお聞かせください」 「僕が今一番気になることは、このまま『同調』が進んだ時、人類の顔がどうなるのかということです。人種間の差異がなくなり地球市民(コスモポリタン)となった時、人類はどのような顔になるのか。全人類の顔の3Dデータを集積させてシュミレーションしたものを画面に投影します。僕の予想が正しかったことは何万年か後に証明されるでしょう。地球人が宇宙人と結婚でもしない限りね」 -了-
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