三本の矢の日常

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「よし、来い!」  父親は大声で叫んで四股(しこ)を踏んだ。  対する兄弟三人の内、「応(おう)!」と答えたのは次男だけだった。 「いい歳して何やってんだか」 「……あ、ああ」  冷たい三男の反応に対し、長男は曖昧な返事しかできない。  せっかく父親が、仲の悪い兄弟三人を憂(うれ)えて開いてくれた親子会議という名の親睦会も、三男には下らないことにしか映らないらしい。 「あぁ……、胃が痛い」  政務と調略以外はてんで空回りしている父親、武芸好きで戦好きの上の弟、頭はいいけど冷静すぎる下の弟。みんなに挟まれた心優しすぎる自分。  書状をやりとりするだけで心痛に悩まされているというのに、目の前でこんな茶番を始められては、ただでさえ弱い胃に穴が開くんじゃなかろうか。  そりゃあ、「弟達が相手にしてくれない」と父親に泣きついた自分も悪いと思う。長男は今日の事態に至るまで、十分後悔したつもりだった。  神も仏はそれでも自分を許してくれないのか。自分はそんなに悪いことをしただろうか。 「おい、どっちでもいいから行司(ぎょうじ)してくれ」 「じゃぁ私が」 「あ」  気が付けばまた一人っきりで、長男は輪の外にいた。  頼みの綱の父親は楽しげに相撲をしている。 「父上……」  主旨がずれています、と言いたくても言えない。長男は心優しいのだ。楽しんでいる家族に水をさせなかった。  そして今日も、長男は一人寂しさに胃を傷つけているのだった。 「母上が生きていたらなぁ……」 「何を言うか、妙久はいつでもそなたらを見守っておるぞ」  そういうことを言いたいんじゃありません、とも言いたかったが、やはり長男は何も言えなかった。                     終 
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加