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「よし、来い!」
父親は大声で叫んで四股(しこ)を踏んだ。
対する兄弟三人の内、「応(おう)!」と答えたのは次男だけだった。
「いい歳して何やってんだか」
「……あ、ああ」
冷たい三男の反応に対し、長男は曖昧な返事しかできない。
せっかく父親が、仲の悪い兄弟三人を憂(うれ)えて開いてくれた親子会議という名の親睦会も、三男には下らないことにしか映らないらしい。
「あぁ……、胃が痛い」
政務と調略以外はてんで空回りしている父親、武芸好きで戦好きの上の弟、頭はいいけど冷静すぎる下の弟。みんなに挟まれた心優しすぎる自分。
書状をやりとりするだけで心痛に悩まされているというのに、目の前でこんな茶番を始められては、ただでさえ弱い胃に穴が開くんじゃなかろうか。
そりゃあ、「弟達が相手にしてくれない」と父親に泣きついた自分も悪いと思う。長男は今日の事態に至るまで、十分後悔したつもりだった。
神も仏はそれでも自分を許してくれないのか。自分はそんなに悪いことをしただろうか。
「おい、どっちでもいいから行司(ぎょうじ)してくれ」
「じゃぁ私が」
「あ」
気が付けばまた一人っきりで、長男は輪の外にいた。
頼みの綱の父親は楽しげに相撲をしている。
「父上……」
主旨がずれています、と言いたくても言えない。長男は心優しいのだ。楽しんでいる家族に水をさせなかった。
そして今日も、長男は一人寂しさに胃を傷つけているのだった。
「母上が生きていたらなぁ……」
「何を言うか、妙久はいつでもそなたらを見守っておるぞ」
そういうことを言いたいんじゃありません、とも言いたかったが、やはり長男は何も言えなかった。
終
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