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『喫茶 天空剣』は、往年の名作ヒーローアニメや特撮が好きなオーナーが一人で切り盛りしている小さな喫茶店だ。写真やフィギュアが店内に所狭しと並べられているが、わたしが見る限りではどれもこれも同じ様なもので、違いがよく分からなかった。父さんの趣味は、よく分からない。
なんでわたしはこんな所に来てしまったんだろう。
氷が溶けてしまったアイスレモネードは、ただの砂糖水のような味がしている。かばんの中にはこの間借りた『玩具修理人』という本が入っていて、わたしはそれの続きが気になってしょうがない。けれど、さすがのわたしも初対面の人間を放っておいて一人本を読むような非常識さは持ち合わせていなかった。
「へぇ、じゃあ小さい頃から本が好きだったんですね」
「えぇ、もう本の虫みたいなもので。友達とも遊ばずに家で本ばかり読んでいたから、僕は気が気じゃなかったんですよ。でも、今はその本をきっかけに友達を作ってるみたいで、もう安心ですけどね」
「今時の子は活字離れが進んでるっていうけど、そんなことないですよねぇ。やっぱり。尚ちゃんみたいな子の話を聞いていると、一概に括れないんだって思います」
馴れ馴れしくわたしの名前を呼ばないで、とも言えず、わたしは固い笑顔を返事の代わりに彼女へ見せた。
カウンター越しに見えるオーナーはわたし達を見るわけでもなく、流しっぱなしにしてある特撮のビデオに見入っている。この人はきっと、客が食い逃げをしても気付かないだろう。
「喬子さんは、本は読まないんでしたっけ?」
「えぇ。あまり肩が凝るようなことはしたくなくて、ほら、もうおばちゃんだから」
「……ばあちゃんでしょ」
「え?」
「何だ? 尚?」
「なんでもない」
やっぱり、『玩具修理人』の続き読もうかな。この人達の会話を聞いてるだけで疲れてくる。
喬子、とかいう五十代過ぎの女の人は、濃い化粧の下で気持ちの悪い笑顔を浮かべている。本は、わたしの背中と椅子の間に挟まれたかばんに入っている。どうしようかな。このおばさんに悪い印象を与えておけば、父さんとこの人は仲が悪くなってくれないかしらん。
そんな一縷の希望を託して、わたしは『玩具修理人』をかばんから取り出したのだった。
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