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「さすが清水坂ね!すっごい観光客!」
「そうだな」
「美味しそうなものもいっぱい!」
「土産物より茶蕎麦が食べたい」
「この先に英雄、阿弖流夷の墓碑があるのね!」
「敵の子孫に墓参りされてなにが嬉しいんだろうな」
「……もう、なんなのよー」
淳子は膨れっ面でこっちを睨んできたが、そんなこと俺には関係ない。
某有名茶店の茶蕎麦がこの清水寺観光の後に待っている以上、こんな人の多い場所からとっとと出て行きたいのだ。だが、淳子にとって清水寺は、俺にとっての茶蕎麦と同じくらい重要らしい。
歴史好きで甘党の淳子は、この清水坂を前にしてテンションがうなぎ上りだ。俺とこいつの温度差で台風でも起こるんじゃなかろうか。
「とにかく、早く行きましょ! あ、生八つ橋の試食!」
「駅で散々食っただろ……」
「別腹よ別腹! 見て、新発売のなまこ味だって!ぬるぬるしてるのかしら?」
嬉々として軒先で端から生八つ橋を食う淳子は、血肉に飢えた餓鬼のようだ。いや、もはやこれは餓鬼も裸足で逃げ出す勢いだろう。
「ねぇ、あっちの干し柿ソフト買ってきて! 私、ここでどの八つ橋買って帰るか考えてるから……なによこの手」
「三百円」
奢らせようたって、そうはいかない。こっちは興味のない場所に無理矢理付き合わされてるんだ。
「けちくさいわね、もう。けっこうギリギリなのよ」
財布の中から百円玉を三枚取り出し、淳子は俺の手に押し付けた。それからすぐに試食に戻り、ああでもないこうでもないと言いながら一人で悩み始める。
と言っても、元が単純な性格だったから、淳子は俺が戻ってくる頃には両手に紙袋を持ってほくほくしていた。清水坂を上る足取りは、スキップせんばかりだ。
「そんなに買って、金は大丈夫なのかよ」
「平気よ。貸してくれるんでしょ?」
「やれやれ……」
まぁ仕方ない。参拝料くらい出してやるか。溜め息を吐いて、俺はポケットに突っ込んでおいた自分の財布を……。
「どうしたの?」
「……財布、落とした……」
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