模倣犯

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 何なんだ、あの女は。  僕の言葉に、正しさに我が物顔で踏み入りやがって。奪いやがって。  正しさも、矜恃も自分の胸の中で秘めるものだろう。  なのに、あいつは言葉の力を過信して僕の言葉を浅いものへと変えた。それが気持ち悪かった。  あいつのした事は盗用だ。愛も何も無い、利己的で浅い欲求の為だけの。  胸はまだ痛い。言いすぎてしまったという感覚も正直な所、ある  いくらそう感じても、僕は心の奥底から湧いて出た呪詛を抑えるべきだった。 「はあ......変わらないな、僕は」  僕ももしかすると、あいつとそう変わらない浅い尺度で生きているのかも知れないな。  人は完全に理解し合うことは出来ない。だからあいつはああなった。  ため息だけが漏れる。まぁいい。今日はさっさと帰ろう。 「どうしたの、少年」  女性だった。多分僕とそう変わらない年齢の。 「聞いて、くれますか?」 「勿論」  彼女は優しく頷いた。どうしてか、今日あったことを話そうと思えた。 「昔会ったことがある人に怒りに任せて酷いことを言ってしまいました。馬鹿ですよね。一時の感情で」 「そうだね。でもま、人間なんてそんなもんだよ」  煙草を取り出して彼女は言った。 「いいんですか、それ」 「私、こう見えても成人だからねー」 「はぁ......」  彼女は僕に視線を向けて手を差し出す。 「生きづらいでしょ?」 「......はい」  そうだ、僕は分からなくなっていた。昔のやり方じゃやり過ごせなくなって、嫌になって。 「なら、上手な生き方を私が教えてあげる」  信用できると思った、と言うよりわかって欲しかった。 「......教えて、ください」  震える手で、彼女の手を取った。  僕たちはいつも、いつまでも、何かを求めて、他人に縋って生きている。  何も無い田舎町ににわか雨が降り始めた。
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