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別れと再会
想像以上に出来なかった悔しさと、奥のテーブルで美しくラリーを続けていた2人への憧れが混ざって、僕の中に“卓球熱”が生まれた。
午前中、夏休みの宿題を急いで片付けて、お昼ご飯を食べると、僕は1人で「高崎卓球倶楽部」に通うようになった。非会員だと卓球台や道具の使用料がかかるのだけれど、一度も請求されなかった。実は、夢中になっている僕を見たおじいちゃんがまとめて支払ってくれていたらしい。
卓球倶楽部では、2、3日おきに憧れの2人の姿があった。いつも真剣に打ち合っているので声をかけることは出来なかったけれど、彼らのラリーは見ていて胸が高鳴った。
ここは地域の人々の交流の場になっているらしく、じいちゃんくらいのお年寄りや商店街のおじさんなど、常に数人が卓球やお喋りに興じていた。時々、ずぶの初心者の僕に、ルールやテクニックを手取り足取り教えてくれたり、対戦相手になってくれる人もいた。あるときは、地元のオバチャン達の団体に遭遇してしまい、お菓子とお喋りの猛攻を避けられず、全くラケットに触れないまま帰宅したこともあった。
「高崎さん。最近……あの2人、来てないんですね」
2人がいつも使っている奥の卓球台にチラと視線を送る。2週間ほど通い詰めているのに、僕はまだ彼らの名前を知らなかった。
「うン? ああ……遥真君と晃太君かね」
「あ、はい」
「遥真君は、受験生だからなァ。晃太君は、分からないな」
僕と同じ小学生に見える“彼”は、“コータ”という名前なんだ。
「あの、僕、明日、家に帰るんです。夏休みが終わるから」
「あー、そうかァ。寂しくなるなァ」
「卓球、楽しかったです。あっちに帰っても続けます」
「そうかァ、嬉しいねェ。またこっちに来たら、おいで。潰れていなかったら、だけどなァ」
高崎さんは、白髪頭を揺らしながらカカッと笑った。
「そうだ。俊貴君、はい、餞別」
「餞別?」
不意に後ろを向くと、高崎さんは銀紙に包まれたアイスバーが乗った水色の小皿を寄こした。
「いいから、いいから。ウチに通ってくれたお礼だヨ」
「ありがとうございます」
お礼をするなら僕の方なのに。申し訳なく思ったが、高崎さんの気持を無碍にしたくなくて、素直にもらう。ここに来た最初の日、じいちゃんと座ったベンチでアイスバーを食べる。
あの日、ここで僕の目を奪った2人は、長身の方が中学3年生で、小柄の方は僕と同じ小学4年生だと、他の人から聞いていた。直接話してみたかったけれど、それは叶わなかった。それが心残りだ。
「――あ」
アイスバーの平べったい木の棒に目を落とす。
【アタリ! もう1本】
「……高崎さん」
小皿を返しながら、アタリ棒を見せる。まさか、彼がアタリを選んだ訳では……ないよね。
「ほォー、めンずらしィなァ。今、食べるかね?」
「いえっ。今度来たときに交換してください」
「うン。待ってるよ」
冬休みか、来年の夏休みにはまた来よう。アタリ棒を丁寧にティッシュに包んでポケットに入れる。僕達は笑顔で別れた。
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