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ところが、僕が高崎卓球倶楽部を再び訪れたのは、桜の散った4月だった。この半年あまりの間に、両親は遂に離婚に至り、僕は母さんと祖父母の家に引っ越してきた。
5年生のクラスに転入したあと、“コータ”という名前を手がかりに姿を探したが、同じ小学校内に彼は在籍していなかった。
新しい環境でのあれこれ――引っ越し後の後片付けや手伝い――が一段落すると、僕は居ても立ってもいられずに卓球倶楽部に走った。クリスマスに買ってもらったラケットと、全財産を入れた財布を小ぶりのリュックサックに突っ込んで。
「こんにちはっ」
「おンや、俊貴君じゃないの」
あの夏と同じ笑顔で、高崎さんは僕を迎えてくれた。そして僕が事情を切り出す前に、倶楽部の会員申込用紙を渡してくれた。事情は、おじいちゃんから聞いていたらしい。
「あの、コータ君達は、今も来てますか?」
「うン。遥真君は辞めちゃったけどねェ」
隣町の高校に進学したのだという。
「若い会員は大歓迎だヨ」
嬉しそうに目尻の皺を深くすると、高崎さんはプラスチックの会員証を手渡してくれた。
僕はリュックサックから自分のラケットを出し、1人で壁打ちを始めた。
「こんにちはー」
引き戸がガラガラと音を鳴らし、子どもの声がした。
カンッ……カンッ……カ、カカッ……
あ、と思った途端、手元が狂った。球が床を転がっていく。慌てて追いかけ――。
「はい」
目の前に差し出された。拾ってくれたのは、“コータ”君だった。
「あ……あっ、ありがとう」
「君、夏にも来てたよね」
受け取った白球をギュッと握り締める。覚えていてくれたことに驚いて、嬉しくて、言葉に詰まる。僕はコクコクと頷いた。
「1人? 少し相手になってくれる?」
「えっ、僕、まだ下手だけど」
「いいよ。壁よりはマシだろう?」
レベルの差は歴然としていたけれど、彼は決して強い球を打ってくることはなかった。
「ちょっと休憩する?」
打ち返した球をパシッと片手で掴んで、コータ君が苦笑いする。我を忘れて夢中になっていたけれど、いつの間にか1時間近く過ぎていた。僕だけが息を切らし、小汗をかいていた。
「あのさ……アイス食べない? おごるよ」
「えっ?」
リュックサックからハンドタオルを取り出し、そして。
「すげぇ。このアタリ、初めて見たっ!」
ティッシュペーパーに包んでいた木の棒を見せると、コータ君は目を丸くした。
100円玉とアタリ棒を握り締め、高崎さんの元へ行く。小皿を受け取り、2人並んでベンチで食べた。
「僕、今年からこっちで暮らすんだ。さっき、ここの会員になった」
「へぇ。それじゃ、また一緒に打てるな」
「えと、コータ君、だよね? 僕は西田俊貴」
「俺は中都留晃太。俊貴は、中央小学校?」
「うん。5年生」
「なんだ、同い年か。俺は北小学校」
アイスバーを食べながら、僕達は色んな話をした。商店街を挟んで校区が変わること、卓球は高校生のお兄さんが教えてくれたこと、お兄さんと遥真さんが近所の幼なじみだったこと、その2人がこの倶楽部に連れて来てくれたこと。
共通の接点があれば、仲良くなるのに時間はかからなかった。学校でも新しい友達は出来たけれど、晃太は特別な友達だった。遊びの延長が特訓になって、中学生になる頃には僕もかなり上達していた。そして、僕達は同じ中学校に通い、当然のように卓球部に入った。
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