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新郎の関係者と新婦の関係者
「俊貴? お前、西田俊貴だよな!」
聞き覚えのある声に、履き慣れない革靴が床に貼り付けられたように固まった。咄嗟に“まさか”と“恐らく”が絡み合う。解けないまま振り向くと、ダークブラウンのスリーピースを着た男が立っていた。“やっぱり”――そんな呟きが漏れた。人懐こい笑顔で近づいてくるのは、10年ぶりに会うかつての親友だった。
木枯らしが吹き荒ぶ11月最後の土曜日の午後、郊外の公園の敷地内にある人気の式場で、大学の2つ上の先輩が結婚式を挙げた。大学でゼミに配属されてから大学院までの足かけ4年間、研究と卒論でとても世話になった人なので、招待状の「欠席」を丸で囲む訳にはいかなかった。とはいえ、教会に足を運ぶのは躊躇われたので、僕は披露宴から出席することにしていた。タクシーを降りた僕は、隣接する教会の十字架を一瞥すると、早足に会場の建物に入った。ロビーで受付を済ませ、サッサと指定席に座ろうと歩き出した途端、フルネームで呼び止められたのだ。
「……晃太?」
「うわ、本当に俊貴だ! なんで? 朱音ちゃんの知り合い?」
中学校卒業以来、10年ぶりなのに、声も笑顔も変わらない。いや、身長は変わった。あの頃、僕と肩を並べていた中都留晃太は、僕の目の位置で唇を動かしている。
「いや、新郎の三ツ輪さんがゼミの先輩なんだけど。そっちは……新婦の木戸さんの?」
「そう。彼女は、会社の1年後輩でさ」
「そうなんだ」
「ちょっと待ってて」
彼は受付の係員にご祝儀袋を渡し、一言二言話している。
俯き加減の斜め45度から覗く、力強くも男らしい眉、その下にはくっきりした二重。意外にも睫毛が長い。光の加減で琥珀色に見えた瞳は、今も変わらないだろうか。この位置からだとよく見えない。
「お待たせ」
「あっ、うん」
「お前、こっちで働いているの?」
「あ、いや。まだ学生なんだ。H大の大学院で……」
「うわ、スゲぇのな!」
「そんなことないよ。晃太は?」
「ああ。これ、俺の職場」
彼は名刺入れから1枚抜き取ると、僕に差し出した。
【IZUMO SPORTS 企画・マーケティング部 中川晃太】
「ありがとう。あの、僕、名刺は……」
研究会や学会で配りまくっているのに、今日は名刺入れごと置いてきてしまった。どんなときでも持ち歩くようにって、教授に言われていたのに。だって、まさか必要になるなんて予想外だったんだ。
「ははっ、気にすんなよ。じゃ、またあとで話そうぜ!」
気にした様子もなく、晃太はロビーの入口に現れた数人に向かって歩いて行った。頭を下げているところを見ると、会社の上司らしい。
「西田クン」
肩を叩かれて、ビクンと跳ねた。
「あ、植村先生」
「君もチャペルに来たら良かったのに。三ツ輪クンの奥さん、美しかったぞう」
植村永治朗先生は、まるで孫を褒めるかのように目尻を下げた。実際、孫みたいなものなのだろう。この御大は既に定年退職していて、大学から名誉教授を授与されている。現在は嘱託で、僕達大学院生の指導のために、週に一度だけ研究室に顔を出しているのだ。
「ちょっと抜けられない用事がありまして」
「そうか、そうか。さて、僕の席はどこかね」
「確か同じテーブルでしたよ。一緒に行きましょう」
「そうか、そうか。ありがとう」
植村先生は矍鑠としているけれど、一応足元に気を遣いながら先導する。
新郎の関係者のテーブルと、新婦の関係者のテーブルは中央の通路を挟んで左右に分かれていた。さり気なく会場内を探すと――晃太は、熱帯魚みたいに着飾った女性達に囲まれて快活に笑っていた。
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