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スマホが震えた。榊原くんからご飯のお誘いだった。今日はどうかと聞くと大丈夫だと返事があったから、待ち合わせすることにした。今日もできるだけ遅く帰りたい。
「よぉ」
「急にごめんね」
「いや、全然。何食べる?」
「榊原くんは何食べたい?」
「うーん、まぁいつものファミレスでいいけど」
「そうだね、そうしよう」
一緒に並んでファミレスに向かう。安いから結局いつもそこになってしまう。ボックス席に案内されて、メニューを開く。なるべく長居したいからドリンクバーはつけよう。
「また顔色悪くないか?」
「え、そう?」
「何かあった?」
「うーん……」
「今日飯に行くっていうのも変だと思ったんだけど。松田の中心は彼氏だからな」
「別れるんだ、彼と」
「は? なんで……って聞いてもいいのか?」
「彼ね、婚約者がいるんだ。それで彼のお母さんから別れてほしいって直接言われてさ。ドラマみたいじゃない? こんな事あるんだーって思ったよ」
何ともない風を装ってなるべく明るく答える。
「婚約者がいるのは本当なのか?」
「うん、今日見たし」
「信じられないな。ちょっと前に会った時はそんな事言ってなかったのに」
「ここ最近の話だから」
「はい、分かりましたってなったのか?」
「すぐには決められなかったけど、見てしまったから。彼の将来のことを考えたらそばにいるべきなのは僕じゃないし」
「彼の将来?」
「大きな会社の社長になる人だから。結婚は必要でしょ?」
「そうだったのか」
頼んでいたものが運ばれてきて、一旦会話を中断した。ミートソースパスタに粉チーズを振りかけて、フォークにクルクルと巻き付けた。
「信じられないな」
「僕も信じられないんだけどね。彼には幸せになって欲しいから」
「松田は別れて幸せになれるのか?」
「……なれるよ、きっと」
「納得いかないな」
「僕のことはもういいよ。榊原くんは? 会ったんでしょ?」
彼は少し前からゲームで知り合った人が気になっていて、実際に会うことになったという話をしていたのだ。
「めちゃくちゃ怖がられた」
「あらら……」
「でも、また会うことになった」
「おぉ、よかったじゃん。どんな子だった?」
「笑顔がかわいい子だった」
「そっか。うまくいきそうじゃん」
「それは……まだ分からない」
少し顔を赤くする榊原くんは、恋する乙女といった感じでかわいい。そんな彼を見て心が和んだ。食事を終えて、何度かドリンクをおかわりした。これ以上榊原くんを引き止めてはいけない気がしてくる。
「今日は帰るのか?」
「うん、今日帰って伝えようと思ってる」
「住むところは?」
「決めたんだけど、まだ住めないからしばらくは住まわせてもらわないといけない」
「泊めてやるから、いつでも言えよ?」
「優しいな、榊原くんは」
「友達が困っていたら助けるだろ」
「僕も榊原くんが困っていたら助けるからね」
「……頼りないな」
「失礼な」
「ふっ、まあよろしく」
笑い合って店を出た。
「本当に大丈夫か?」
「ありがとう。大丈夫だよ」
「なんかあったらいつでも連絡しろよ」
「うん、じゃあまたね」
「またな」
榊原くんと別れて帰路につく。ちゃんと冷静に話すことはできるだろうか。不安が頭をよぎる。うまく話したいことをまとめられないまま家に着いてしまった。ドアの前で深呼吸する。緊張して手が震えてきた。ふうと息を吐いてドアの取手に手をかけた。
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