尾行と決意

3/3
420人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
 スマホが震えた。榊原くんからご飯のお誘いだった。今日はどうかと聞くと大丈夫だと返事があったから、待ち合わせすることにした。今日もできるだけ遅く帰りたい。 「よぉ」 「急にごめんね」 「いや、全然。何食べる?」 「榊原くんは何食べたい?」 「うーん、まぁいつものファミレスでいいけど」 「そうだね、そうしよう」  一緒に並んでファミレスに向かう。安いから結局いつもそこになってしまう。ボックス席に案内されて、メニューを開く。なるべく長居したいからドリンクバーはつけよう。 「また顔色悪くないか?」 「え、そう?」 「何かあった?」 「うーん……」 「今日飯に行くっていうのも変だと思ったんだけど。松田の中心は彼氏だからな」 「別れるんだ、彼と」 「は? なんで……って聞いてもいいのか?」 「彼ね、婚約者がいるんだ。それで彼のお母さんから別れてほしいって直接言われてさ。ドラマみたいじゃない? こんな事あるんだーって思ったよ」  何ともない風を装ってなるべく明るく答える。 「婚約者がいるのは本当なのか?」 「うん、今日見たし」 「信じられないな。ちょっと前に会った時はそんな事言ってなかったのに」 「ここ最近の話だから」 「はい、分かりましたってなったのか?」 「すぐには決められなかったけど、見てしまったから。彼の将来のことを考えたらそばにいるべきなのは僕じゃないし」 「彼の将来?」 「大きな会社の社長になる人だから。結婚は必要でしょ?」 「そうだったのか」  頼んでいたものが運ばれてきて、一旦会話を中断した。ミートソースパスタに粉チーズを振りかけて、フォークにクルクルと巻き付けた。 「信じられないな」 「僕も信じられないんだけどね。彼には幸せになって欲しいから」 「松田は別れて幸せになれるのか?」 「……なれるよ、きっと」 「納得いかないな」 「僕のことはもういいよ。榊原くんは? 会ったんでしょ?」  彼は少し前からゲームで知り合った人が気になっていて、実際に会うことになったという話をしていたのだ。 「めちゃくちゃ怖がられた」 「あらら……」 「でも、また会うことになった」 「おぉ、よかったじゃん。どんな子だった?」 「笑顔がかわいい子だった」 「そっか。うまくいきそうじゃん」 「それは……まだ分からない」  少し顔を赤くする榊原くんは、恋する乙女といった感じでかわいい。そんな彼を見て心が和んだ。食事を終えて、何度かドリンクをおかわりした。これ以上榊原くんを引き止めてはいけない気がしてくる。 「今日は帰るのか?」 「うん、今日帰って伝えようと思ってる」 「住むところは?」 「決めたんだけど、まだ住めないからしばらくは住まわせてもらわないといけない」 「泊めてやるから、いつでも言えよ?」 「優しいな、榊原くんは」 「友達が困っていたら助けるだろ」 「僕も榊原くんが困っていたら助けるからね」 「……頼りないな」 「失礼な」 「ふっ、まあよろしく」  笑い合って店を出た。 「本当に大丈夫か?」 「ありがとう。大丈夫だよ」 「なんかあったらいつでも連絡しろよ」 「うん、じゃあまたね」 「またな」  榊原くんと別れて帰路につく。ちゃんと冷静に話すことはできるだろうか。不安が頭をよぎる。うまく話したいことをまとめられないまま家に着いてしまった。ドアの前で深呼吸する。緊張して手が震えてきた。ふうと息を吐いてドアの取手に手をかけた。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!