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車で移動したらどうしようかと思っていたけれど、幸いなことに電車を使うようだった。髙木くんには予め最寄り駅を伝えていて、今から向かうと連絡するともう待ってるという返事が来た。慎重に彼の後を尾行する。
「大丈夫か?」
「平気」
最寄り駅で合流した僕達はいま、電車に乗り込み少し離れた場所から様子を伺っている。
「どこまで行くんだろうな」
「さぁ?」
ふいにスマホが震えた。画面を見ると裕貴さんからメッセージが届いていた。バイト終わったらご飯食べに行く?というものだった。本当に何もないのだろうか。だって婚約者がいるのにこんなメッセージ送ってくる?
「どうした?」
「なんでもない」
返信せずにスマホをポケットにしまった。
「降りるぞ」
慌てて駅のホームに降り立つ。緊張感が増していく。階段を降りて、改札の方へ向かう。
「……帰ろう」
改札を出た先で、落ち合うふたりがいた。女の人は優しそうで、ふわりとした茶色の長い髪がよく似合う可愛らしい人だった。すごくお似合いで、微笑み合う二人は寄り添うようにして歩いていった。なんだ、本当にいたんだ。僕の中で、揺らいでいた気持ちが固まった。
「歩……」
「ごめんね、付き合わせて」
「いや……」
「気にしないで。もう決めてたから。なんか現実を突きつけられてすっきりしたよ。空き部屋あるかな? すぐにでも引っ越ししなきゃ」
「歩」
「なに?」
「ごめん、こんなことになると思わなくて」
「本当だよね。僕は大丈夫だから」
「大丈夫じゃないだろ」
「大丈夫だって。僕これから行くとこあるから」
「どこ行くんだよ」
「部屋探し」
「俺も行くよ」
「ごめん、一人になりたいんだ」
「でも……」
「本当にごめんね。ありがとう」
踵を返してホームに向かった。不動産屋さんに行かなきゃ。そう思っていたのに気づけばボロアパートの前にいた。こんなところに住んでいたのに裕貴さんは全然ひかないし、毎日毎日やってきて変なことしてくるし、いつの間にかそれが普通になって、彼がいないとダメになって、大好きになって……。手放すことはできないと思っていたのにな。目を閉じて息を吐いた。息を吐ききって目を開ける。不動産屋さん行くか。何となく区切りがついて、ボロアパートを後にした。
一応物件探しは始めていた。髙木くんが住んでいるマンションに空きがあるのを見つけて、もうここにしようかなと考えていたのだ。
急にやってきたにも関わらず対応してもらえて、とりあえず例のマンションが気になっていることを話すと、似たような条件の物件を紹介してもらって内見させてもらうことになった。いろいろ見たけれど、やっぱり髙木くんの住んでるマンションが一番良くて、そこを押さえてもらうことにした。説明を受けて、手続きに必要な書類をもらい、母に引っ越しをするという報告とお願いしたい事を連絡した。また実家に帰らないといけない。まぁ、妹も喜ぶしちょうどいい。
さて、どうしようかな。この勢いのまま裕貴さんに別れ話をしようと思っていたのに、いざとなると足が竦む。やっぱり別れるのは嫌だし、ずっと一緒にいたい。彼のことを考えるとそれは望んではいけないことだと分かっているのに。
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