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待ち時間
音を奏でる人は誰だって王子様でお姫様のようだ。あなたは彼らの紡ぐステージを観たことがあるだろうか。彼らの生み出したディスクの中に流れる音を聴いたことがあるだろうか。
そして、その中でも自分にとってとびきり応援したいという所謂推しはいるだろうか。
あなたは今、チケットを手にしている。
幾夜も待ち焦がれ、まだかまだかと語り合った特別なパーティーへのチケットである。
同じ姿形をしたチケットは何百枚とあるだろう。だがその中であなたの数字は一つだけだ。これはあなたのために用意されたチケットなのだ。
あなたのためにそのパーティーには席が用意されている。そう、あなたのために。
招待状を受け取ったあなたを迎えるのは一枚の看板である。気づかなければそのまま素通りしてしまうかもしれない。派手ではなく、大きくもない看板だ。そこには本日の歌姫たちの名前がしっかりと書かれている。そして何より大事なのはその舞台の名前だ。
日付は間違えていないだろうか。場所は。楽しみにし過ぎて情報を勘違いするなどよくあることだ。
そんなあなたは開場数時間前に現地入りをすることだろう。大丈夫。同じ仲間が其処ではあなたを待っている。
時計の二本の針が眠りについて、動くのを止めた時が開場の合図だ。秒針がゆらゆらと行ったり来たりを繰り返しているうちにあなたは扉を潜らなければいけない。三本全てが眠りにつけば扉は閉じて侵入者を拒むだろう。
それは昼だとか夜だとかは関係ない。ましてや天気など全く関係ない。
今日の天気は大雨だ。誰かがやって来る余興に心は弾む。
傘もレインコートも持って入って構わない。彼らもきっと小道具として活躍するのを待っている。ただし外の雨は持ち込み厳禁だ。
さあ、そろそろ先へ進もう。
チケットの用意はできただろうか?
何処かで猫が一匹、にゃあと鳴いている。パーティーに来られない猫がないている。
あの子の声は届いているだろうか。あの人たちの音は、まだ彼に届いているだろうか。
猫は鳴くのをやめて、別の道を駆け出していった。先に何かを見つけたように、瞳を輝かせながら。
空では星がまだ輝いていない。
希望の星は上の空だ。
看板の隣に開けられた道をすり抜けよう。ほら、ちゃんと列を作って。
横入りなんてマナーがなっていない。せっかくの招待状も没収されてしまうのは嫌だろう。
うるさい。うるさい。邪魔だ。邪魔だ。文句を言いたいのは余所の人。迷惑をかけてはいけないと教わらなかったのかい、まだまだお子さまだね。先輩の煽りは正しい気もしなくない。
とにかく楽しく楽しむためにマナーとルールを守ろうじゃありませんかと言いながら関節を鳴らしてみよう。
そうしているうちにあなたの番がやって来た。ドリンク代はきっかり出せた方がいいと思う。
チケットの役目が終わったら、それはただの紙切れなのだろうか。いいや、今度はそれを見る度に、興奮したあの瞬間を思い出させるチケットとなるだろう。どうかあなたにはそれを丁寧に持っていてほしい。
ほら、今、特典のタオルが手渡された。
あなたはこの場所にやって来たのだ。
足下が暗い。気をつけて進もう。
もうすぐあなたの目の前に扉が姿を現すだろう。
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