待ち時間

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扉の前には立ち入り禁止のポスターが貼ってある。それが裏返しにされた時、鍵は開かれるのだ。白紙のはずの裏紙にはなんだかよくわからないエイリアンの落書きがされている。未確認飛行物体だ。いや、UMAだ。誰かが遊びで書いたウマだった。 退屈な時間を少しは楽しめただろうか。 さあ、今鍵が開かれた。 あなたはその部屋に入ることを彼女たちに許されたようだ。気分が変わらないうちに入ってしまおう。 部屋に入ったあなたはひとりきりだ。その空間に何十人観客がいようとも、あなたはたったひとりだ。 時計の針は全て眠りにつき、動くのをやめてしまった。カウントダウンをするのはあなたたちの役目だ。どうか大いに盛り上げてもらいたい。 きっと忘れることのない輝石の魔法をかけてくれることだろう。心拍数は急上昇している。 その部屋の中にはたくさんのものがある。本やぬいぐるみ、写真や花束、お菓子まで。 真綿の森の中には大きなパンダやキリンも住んでいる。しかし今日は隠れて出てこないようだ。 誰も、だぁれも、出てこないようだ。 まるで彼らは主役のために席をあけているようではないか。彼らは知っている。主役になることも、観客になることも。だから彼らは潔く「本日の主役」に席を譲るのだ。 今、天井から星明かりのスポットライトが射しこんだ。照らしているのは一冊の絵本である。 その絵本は白い背表紙を持っている。地味だろうか。いいや、どの本よりもそれは真っ白なのだ。 何も描かれていない。そうではない。その本は白なのだ。 あなたは気づいただろうか。その部屋には無音の音が溢れていることに。 たくさんのものが揃っているのに、音だけはしないのだ。物音ひとつ遠ざかったその空間は耳が痛くなるほどである。それは真冬の朝の寒さよりも冷たくきびしい。 彼らは皆、自分のステージがやって来るまで決して音を溢さない。本当は歌いたくて、弾きたくて、叩きたくてしょうがないのに、その空間には自分以外がいるので音を出さないのだ。 だから彼らは、自分のステージに立つまでは無音の音を零れ落としている。静かに。ひっそりと。自分の出番が来るのを待っているのだ。 空気は張り詰めている。本命が登場する瞬間を観客たちは待ちわびている。うるさいほどに心臓が高鳴っている。その本はまだ開かれない。 あんなにスポットライトに照らされているというのに、まだ本命は現れない。 まだか。なぜだ。まだだ。なぜだ。期待に膨らんだ欲望は破裂しそうなまでに大きくなっている。それなのに絵本は開かない。なぜなのか。 何日も待っていたのに。中には何年も待っていた観客もいるかもしれない。それなのにまだ待たせるのか。 彼らは最後の仕上げをしているのだ。最後の魔法のスパイスをほんのひとふりすることで料理は格段にレベルアップする。彼らはそれをよく知っている。 最後の最後の最後がどのタイミングなのか、どのタイミングまで焦らせば観客が満足以上の星を出してくれるのか。ステージに立つ彼らは知っている。それもまたセンスでありスキルの一つなのだ。 あなたは待っている。花が開くその瞬間を。果実が最も美味しくなるその瞬間を。 じっくり、じっくり、待ち続けていた。
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