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「いただきます!」
彼は勢いよくトーストにかじりついた。
あまりにも美味しそうに食べてくれるから、作ったこちらも気分が良い。
「美味い! 焼き加減最高!」
彼はトーストの焼き加減から、スープの味つけ、オムレツの食感、コーヒーの濃さに至るまで事細かく褒めてくれる。
あまりにも絶賛してくれるから、照れてどんな顔をしていいかわからないほどだった。
「お前の料理食ったら、他のは食えねえな!」
そう笑ってくれる門馬さんに、胸が締めつけられて苦しい。
わかっている。
これも全て私の自己肯定感を上げようとしてくれているからだって。
「でも、気い遣って家事しなくてもいいんだぞ」
「え?」
門馬さんは真っ直ぐに私を見つめ言った。
「お前はこの家に居てくれるだけでいいんだ」
思ってもみなかった言葉に、声が出ない。
「俺のコンサル修行の為に!」
そう付け足されてやっと彼の思惑を知り、脱力した。
だけどどんな理由であれ、こんなに温かい言葉をかけてもらうのは久しぶりだった。
涙が出そうになるのを、拳を握ってグッと堪える。
「これから一緒に自己肯定感上げてくぞ!」
昨日言っていたことは冗談じゃなかったんだ。
またもや彼の熱意に絆されそうになるも、我に返って苦笑した。
「ありがとうございます、門馬さん。私にはもったいないくらいのご厚意、本当に感謝しています。だけどやっぱり、お世話になるわけにはいきません」
「なんでだ?」
コーヒーを啜り門馬さんが不思議そうな顔をした。
なんでって聞かれても。
「シンプルにご迷惑だろうし、……恋人でもない男女が一緒に住むなんて、倫理的に問題があるかと」
そもそも門馬さんに恋人がいたら、こんなことをしていてはかなりの不道徳だ。
「そうか」
門馬さんは黙って宙を見上げ、考え込んでいるようだった。
そしてしばらくした後、あっけらかんと言う。
「……じゃあ付き合う?」
思いっきりコーヒーを噴き出した。
「だめですだめです! そんな安易に付き合っちゃ!」
「そう?」
これも全て冗談なのか、捉えどころのない門馬さんに唖然とする。
それに、そうまでして私の自己肯定感を上げようとしてくれる真意がわからない。
「でも、行くとこないんだろ?」
「それは……今から探すので」
門馬さんはクラムチャウダーを飲み干して言った。
「じゃあさ、住む場所が見つかるまで。……そうだな。一ヶ月を目処にどうだ? その間に、俺はお前の自己肯定感を上げきる」
「上げきるって……」
自信に満ち溢れた頼もしい笑顔で笑う門馬さん。
正直言って有難い話だった。
一ヶ月あれば焦らずに、安心して次の住居を探せる。
それに、この悲しいくらい落ちぶれた自己肯定感を上げてもらえるならばこれ以上ないくらいの幸運だ。
「どう?」
私は恐る恐る頷いた。
「本当に……ご迷惑でないのなら……」
「決まりだな」
何故か嬉しそうに笑う彼が眩しくて、後光が射しているように見えた。
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