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────「麦田さん、A4切れそう」
「……わかりました」
会社では午前中から変わりない日常が続く。
だけど何故か今日は、虚しい気持ちにはならない。
『お前の編んだマフラー、汚されてたまるかよ』
門馬さんの真っ直ぐな眼差しが、暗闇の中の一筋の光のように心を照らし、力強く私を鼓舞する。
私の真心を受け止めてくれる人がいる。
そんな漠然とした安心感が湧いてきて、目の前の仕事も大切に思えた。
「ちょっと皆、聞いて」
ふらりと現れた社長に、皆一斉に注目する。
私もコピー機の前で佇み彼を見た。
富重開人さん。
まだ30歳という若さで会社を経営し、アプリ開発のエンジニアでもある。
明るめの茶髪と華やかなアクセサリーがトレードマークの、気鋭のイケメン社長として世間からも注目されている凄い人だ。
社長の隣に堂々としたオーラで立っているのは門馬さん。
さっきまで一緒に朝食をとっていたと思うとなんだかくすぐったく、顔を合わせるのが気恥ずかしく感じた。
「突然だけど、今日から新しい取り組みを始める」
冨重社長は爽やかな笑みで言った。
「半年に一回、優秀な社員を決めて表彰することにしました。普段陰ながら頑張ってくれている皆に感謝の気持ちを伝えると共に、一人一人にスポットライトを当て、社内の士気を高める目的です」
隣の門馬さんも不敵な笑みを浮かべる。
すぐに彼のアドバイスであることがわかった。
「では、まず第一回目の受賞者を発表します。……麦田真冬さん」
「え!?」
唐突に出た自分の名前に面食らう。
しかし他の社員達は、特に驚いている様子もなく微笑み拍手まで響いた。
状況が理解できない。
……どうして私が。
「部門ごとのリーダー達にヒアリングを行い、満場一致で麦田さんが選ばれました。あなたは経理の業務が丁寧でミスがないことはもちろんのこと、きめ細かい気遣いで他部署のサポートをしてくれています」
「そんな……」
周りの人達の温かい笑顔と拍手が信じられなかった。
まさか、そんなふうに評価してもらえていたなんて。
「麦田さんのおかげで社内は円滑に回り、生産性アップに繋がっています。いつもありがとう」
門馬さんに手招きされ、恐る恐る社長のそばに近寄る。
差し出された表彰状に、涙腺が緩んだ。
「こちらこそ……ありがとうございます」
盛大に巻き起こる拍手に包まれ、手で涙を拭った。
「麦田さん、いつもありがとう!」
「よっ! アスカの潤滑油!」
私は勘違いしていたのかもしれない。
私のマフラー、鼻をかまれてなんていなかった。
ちゃんと届いていたんだ。
見上げた先の門馬さんと目が合う。
……こうやって知れたのは、きっと彼のおかげだ。
彼は満足げに微笑み、その笑顔が私の胸を熱くさせたのだった。
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