人生やり直し計画

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「っ美味しい!」  二人で飲むシャンパンも、サーモンのタルタルも、パテもコンフィも絶品だった。  恍惚と目を閉じ料理を味わって、再び開いた瞬間、嬉しそうに微笑み私を見つめる門馬さんと視線が重なった。 「美味そうに食べるんだな」  彼の言葉に我に返って、顔が火を噴くように熱い。  なにがっついているの。私らしくもない。  だけど門馬さんと食事をすると、何故か何を食べても美味しくて。 「すみません」 「いや……その顔が見たかった」  そう言って柔らかく笑う眼差しに目を奪われる。  ドクッと大きく胸が高鳴った。  アルコールのせいで元からハイペースだった脈拍が、余計速まる。 「お前の好物ってなんだ?」  ふいに尋ねられた質問に、フォークを置いて固まった。 「……特に、これが一番っていうものは……」  なんてつまらない人間だろう。  改めて自分に呆れる。 「そうか。じゃあ、嫌いな食べ物は?」 「キムチです。キムチキムチキムチ……」 「物凄く嫌いだってことが伝わってくるな」  嫌いなものは即答できる自分に苦笑する。 「……門馬さんの、好きなものは?」  恐る恐る、今度は私が尋ねる。  社交辞令の聞き返しではなくて、本当に門馬さんのことが知りたかった。  彼は一瞬にして笑顔になり言った。 「お前が作ったうどん!」  その言葉と笑顔は、勢いよく私の心を揺さぶる。  揺さぶられすぎて苦しいほど。  じんわりと熱を持った、柔らかい衝撃が胸を打つ。  どうして門馬さんは、こんなにもたくさんの嬉しい言葉をくれるんだろう。 「あれ……?」  やがてゆっくりと店内の照明が暗くなり、私は辺りを見渡した。  響き始めるバースデーソング。  誰かの誕生日祝いかな?  初めはそんなふうにしか思わなかった。  だけどウエイターさんが手にしている小さなデコレーションケーキは、どんどん私達のテーブルに近づく。  ハッとして門馬さんを見上げた。  彼は悪戯な笑みを浮かべ、シャンパンのグラスを上げる。 「誕生日のやり直しだ」 「門馬さん……?」  ハッピーバースデー! と私の前にケーキを置いてくれるウエイターさん。  蝋燭の淡い光が、またもや涙を誘発する。 「私……こんな……」  どうしてこんなことまでしてくれるの。  優しすぎるよ。  私にはもったいない。  どうしていいかわからない。  いろんな感情がぐちゃぐちゃに沸き起こり、涙と共に止めどなく溢れる。  今年は誰も祝ってくれないと思ったいた。  自分自身さえ、自分を祝えなかったのに。 「誕生日おめでとう」  たった一人門馬さんが、私が生まれてきたことを祝ってくれるんだ。 「ありがとう……」  震える声で嗚咽と共に発した、出来損ないの“ありがとう”。  それでも門馬さんは満足げだった。 「すいませんって言わなかったな」  彼は不敵な笑みを浮かべ、私にハンカチを差し出した。  この人が祝ってくれるならば、私はきっと生まれてきてよかったんだ。  自分でもびっくりするくらい、そんなふうに強く思った瞬間だった。
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