人生やり直し計画

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 その夜も、門馬さんが貸してくれたベッドに入った。  新しいルームウェアは肌触りが気持ち良い。  暖かな毛布も、窓から見える月も、何もかもが私を包み込んでくれているような気がした。  何よりも、門馬さんの言葉が。  今日もらった、言葉と行動のプレゼントを一つ一つ思い出し、ほのかに胸が熱を帯びる。  つい昨日、彼氏に振られて路頭に迷っていたとは思えないほど、大きく心を揺さぶられることがありすぎた。  ……門馬さんって、何者なんだろう。  強引だけど優しくて、寛容で、気遣いに溢れていて。  私の自己肯定感を上げることに、あんなにも一生懸命になってくれる。  何か恩返ししたいな。  漠然とそんな感情が沸いてくる。  門馬さんが喜ぶこと。彼に対して私ができること。  そんなふうに考えながら眠りについて、翌朝目覚めた時に閃いたことは。 「……これは」  私より少し遅れて目覚めた門馬さんは、テーブルを見つめ固まる。 「おはようございます!」  焼き鮭に筑前煮、具沢山のお味噌汁にだし巻き卵。ひじきの煮物、きゅうりのぬか漬け。  昨日、帰宅前にスーパーで買い出ししておいてよかった。  やっぱり日本人、和食が安心する。 「すげー! 豪華じゃないか!」  目を輝かせる門馬さんに安心した。  こういう朝ご飯も嫌いじゃないみたい。  早朝から張りきって作った甲斐がある。 「門馬さん! 私決めました!」  席についた門馬さんが私を見上げキョトンとした。  私は続ける。 「お世話になる一ヶ月、家事全般は私が担います!」  それくらいしか思いつかない。  門馬さんにとって役に立つことは。 「何かしてほしいことがあれば、なんなりと!」  だけど門馬さんは、ちっとも嬉しそうじゃない。 「……そんなの求めてない」 「え……?」 「家事をしてもらう為に呼んだんじゃない」  毅然とした門馬さんの視線に、胸が痛む。  ありがた迷惑だったかな? と、気持ちも萎み始めた。 「だけど……恩返しに」 「恩返し?」  勇気を振り絞って門馬さんを見返す。 「私の自己肯定感をあげようとしてくれる門馬さんに、私も何か返したいんです。あなたのその、広い心と優しい人柄にも大変感銘を受けました。門馬さんの役に立ちたい。喜ぶ顔が見たい。それが、私の自己肯定感にも繋がると思うんです!」    言い切ると、みるみるうちに門馬さんの顔が赤らんだ。 「……門馬さん?」 「いや……悪い。なんかこう、胸をぐっと掴まれて……動悸が」  苦しそうに胸を押さえる門馬さん。 「大丈夫ですか?」 「大丈夫……」  門馬さんは微笑んで言った。 「やっぱお前いいな。とても善い」 「そうですか?」  今度は私の顔も熱くなる。 「お前みてるとさ、なんでもしてやりたくなるんだ。何故なのかはわからない。こんな気持ち、生まれて初めてだ」  私を見つめるうっとりとした眼差しに、胸が大きく高鳴る。  こんなのまるで、愛の告白みたいじゃない。 「気持ちは有難く受け取った。しかし俺もできる限りの家事はやる。お前だって仕事があるだろ。あまり気を遣うな」 「でも……」  まだ納得できない私に、門馬さんは笑った。 「じゃあ、たまにこうして飯作ってくれよ。お前の料理、好きだ」  何故だかわからないけど、門馬さんに料理を好きだと言ってもらえるとすごく嬉しい。  勢いよく喜びが全身にみなぎって、「喜んで!」と威勢良く答える。  彼は手を合わせ、美味しそうに料理を食べ始めた。  食べているところは、無防備で可愛らしい。  恍惚と眺めてしまう自分にハッとして、咳払いをした。 「そうだ。明後日の休み、空いてるか?」  明後日? 2月3日、節分の日だ。 「空いてますけど……」 「自己肯定感アップの儀式をするぞ」 「儀式?」  彼はいつもの自信に満ち溢れた顔で、美しく微笑んだ。    
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