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「さあ! こい!」
両手を広げる門馬さんにたじろぐ。
豆を投げるの? 門馬さんに?
袋の中にそっと入れた右手が、そのまま止まって動かない。
「遠慮するな! 俺に豆をぶつけて、全てを発散しろ! お前を裏切った、お前を利用した者達に、声を上げるんだ」
「声を……」
すぅーっと大きく深呼吸をして、豆を掴む。
目を瞑ると、自然と慎司や会社の人達の顔が思い浮かんだ。
拳を振り上げて、再び目を見開いたその時。
「………………」
目の前で両手を広げ微動だにしない赤鬼の姿に脱力し、そっと右腕を下ろした。
「……やっぱりできません」
意気地無しだと落胆するだろうか。
だけどやっぱり、門馬さんに向かってなんて豆を投げつけられない。
「……ごめんなさい。私には無理です」
頭を下げる私に、門馬さんはお面をとって言った。
「……そうか。理由を言ってみろ」
その声と眼差しは優しくて、私は狼狽えずに返事をすることができた。
「……いいんです。私、後悔はしてません。確かに、慎司と別れた直後は辛かったけど。今は、これで良かったって思ってるし、恨んでません」
「何故? 奴はお前を裏切ったんだろ?」
僅かに眉をひそめる門馬さんに、首を振る。
「違います。ただ、彼は運命の相手を見つけただけです。私じゃなかったってだけ。私の運命の相手も、彼じゃなかった。……だから今は、幸せを願ってます」
こんなふうに思えたのも、門馬さんのおかげだ。
私の為に一生懸命になってくれた。それだけで、私の今までが全て報われる。
「会社のことだって、本当は私、嫌じゃなかったんです。利用されるのは虚しいけど、それでも誰かの役に立ちたいから。今はその気持ち、大切にしたい」
そう思えたのも、門馬さんが認めてくれたから。
私のマフラー、大切にしてくれたから。
「今は、門馬さんがこうやって私の為にいろいろと考えてくれるだけで幸せです。だから私、鬼を払うことより、この家に福を呼びたい」
私のことを助けてくれた門馬さんに、福がたくさん訪れるように。
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