人生やり直し計画

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「お前……」  目を見開いていた門馬さんは、次第に目尻を下げて笑った。 「……お前の中に鬼なんていなかったってことか」 「門馬さん?」  彼は私に近づくと、両手でガシッと肩を掴み、前後に揺らした。 「すっげーなーお前ぇー! やっぱり最高だわ!」 「ちょ、やめ、グラ、グラ、する」 「俺は猛烈に感動してるぞ! お前ってやつは本当に期待を裏切らない!」 「あり、がと、ござ、」  あまりにも揺らされ続けて、脳がゆらゆらしてきた。 「それに、言えたじゃないか。嫌なものは嫌だって」 「あ……」  嬉しそうに目を細める門馬さんに、また涙が滲む。  どうしてこの人は、いつも私なんかのことでこんなに喜んでくれるんだろう。 「これからもそうやって、俺にはなんでも言うように。……全部受け止めてやるから」  “受け止めてやるから”  その一言でどんなに救われるか、彼はわかっていないだろう。 「ありがとう……ございます」  突然堰を切ったように泣き出す私に、焦る門馬さん。 「泣くな! いや、泣いていい! 泣いていいけど……」  「すい……ませ……」 「謝るな! ……いや、謝ったっていい! あーもう! とにかく豆まくぞ!」  思いきり部屋中に豆をまく門馬さんが可笑しくて、泣き笑いしながら私も豆を掴む。 「福はうちー!」  結局、二人とも福を招くばかりで、一度も鬼は外とは言わなかった。  門馬さんは不思議な人だ。  彼の傍にいると、心の中にある負の感情が昇華されて、前向きなエネルギーに変化する。 「どれも美味そうだな! お前は料理の才能がある!」  彼に褒められる度に、天にも昇るほどの幸福が溢れて。 「そして俺を幸せにする才能もあるな!」 「門馬さん、恵方巻食べながら喋っちゃいけませんよ」 「あっ……」  強引で自信家なのに可愛らしいところもあって、とにかく逐一心を奪われる。 「そうだ。冨重社長」 「冨重?」  豆まきと恵方巻のくだりが終了し、食卓を囲んでいる時。  今朝のことを思い出して、話題を振ってみた。 「今日、偶然社長に会いました。お隣に住んでるなんて知らなくて」  すると、みるみるうちに青ざめる門馬さん。 「……あー。アイツのことは気にしないでくれ」 「仲良いんですか? 同級生だって聞いて」 「まあな。……しかし! お前んとこの契約は決してコネでやってるわけじゃない!」  必死になる門馬さんに笑う。 「もちろんわかってますよ。門馬さんが才能溢れる素晴らしいコンサルタントさんだってことは周知の事実です」 「……お前、人の自己肯定感上げるのはうまいな」 「そうですか?」  顔を見合わせて、お互いふっと微笑む。  彼と居ると心地良い。  楽しくて、胸がぽっと温かくなって、時間も忘れてしまいそうなほど。  できればもう少しだけ、一緒にいたい。  無意識にそんなことを願って、そんな自分に戸惑った。  勘違いしてはいけない。  これは全て、自己肯定感アップの為の恩恵なんだから。 「ちょっと作り過ぎちゃいましたね。……そうだ。お隣の社長にもお裾分けしてきましょうか」  そう思いついて立ち上がった私の腕を掴む門馬さん。 「……門馬さん?」 「だめだ」  彼はテーブルに並んだ料理皿を必死になって自分の目の前にかき集め、勢いよく食べ始める。 「全部俺が食う!」  今日のメニュー、気に入ってくれたのかな。  心が満たされていくのを感じながら、一生懸命食事をする門馬さんに見惚れているのだった。
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