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「門馬さん! これはその、お礼という意味でっ! 深い理由は」
「ガトーショコラ作るぞ!」
「はい?」
門馬さんは大きなエコバッグから、私が用意したものと似たケーキ型、そしてチョコレートや卵などを取り出した。
「これは……」
どこか上機嫌の門馬さん。
「今日バレンタインだろ? 俺がお前にガトーショコラを作る!」
私は目を見開き固まった。
「私に!?」
「そうだ。お前には世話になってるからな。日頃の礼だ」
「門馬さん……」
驚いた。まさか門馬さんも、同じことを考えてくれていたなんて。
静かな感動が胸に込み上げる。
だけど。
「お世話になっているのは私の方です! 私が作ります!」
「いや、俺が作る!」
「私が!」
「俺が!」
しばらく言い合ったのち、顔を見合わせて黙った。
門馬さんは再び口を開く。
「じゃあ教えてくれ」
「え?」
私に向かって柔らかく微笑んだ。
「俺に作り方を教えてくれ。これも自己肯定感アップの一環だ」
私が、門馬さんに作り方を教えるの?
彼はジャケットを脱ぎシャツを腕まくりすると、シンクで手を洗い始めた。
「ちょっと待ってください!」
このままじゃ、うん万円と思われるシャツが汚れてしまう。
慌てていつも使っているエプロンのスペアをとってくると、彼に差し出した。
ネコのイラストがプリントされているエプロン。
彼はそれを素直に着用する。
あまりのギャップと可愛さに、自分で自分を抱き締めて悶えた。
「どうした?」
「いえ別に……」
まさかこんなふうに、お揃いのエプロンをつけてキッチンに並ぶ日が来るなんて。
くすぐったい気持ちになりながら、従順に私の説明を待つ門馬さんに顔を綻ばせた。
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