729人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
私達は他愛もない話をしながら、お菓子作りを続けた。
途中、オーブンでケーキを焼いている最中に夕飯を食べたのも、ゆるい感じがして楽しい。
そうして21時頃、ガトーショコラは焼き上がり、夜のお茶会が始まった。
「素晴らしい完成度の高さだな」
門馬さんが満足げに呟く。
彼の言うとおり、ガトーショコラは素晴らしい出来栄えだった。
焼き加減もバッチリだし、添えられたふんわりホイップも、表面に輝く粉砂糖も美しい。
こんなにも料理が楽しいと思ったのは、生まれて初めてだ。
「さすが門馬さんですね」
「だろ? お前の指導もなかなか良かった」
顔を見合わせ微笑んで、一切れずつカットしたケーキとホットコーヒーをダイニングに運ぶ。
門馬さんがつけたテレビからは、少量の音でニュースが流れていた。
「たまにはこっちでお茶しないか?」
彼に言われるまま、ケーキのお皿とカップを手に、ソファーへ移動する。
ローテーブルに並んだガトーショコラと、革のソファーに隣同士で座る私達。
「………………」
距離が近い。今にも腕に触れてしまうほど。
バレンタインの夜に、こうして並んで座ってまったりするなんて、……まるで恋人みたいじゃない?
急激に体温が上がって、鼓動が伝わってしまうのを恐れた。
落ち着いて。門馬さんはそんなつもりないし、私だって振られたばかりで新しい恋をするエネルギーなんてない。
まして、こんなに素敵な人。
ちらりと見上げると、彼もこちらを見ていて視線が重なった。
ドクッと大きく心臓が弾む。
さっきから門馬さんは、無意識なんだろうけど私の背中側に腕を回してソファーの背もたれに手を置いているので、肩を抱かれている錯覚にドキドキしてしまう。
気を紛らわすようにコーヒーを飲み、熱くて舌を火傷した。
「じゃあ早速」
「い、いただきます」
ガトーショコラは本当に美味しかった。
優しい甘さの中にほろ苦さもあって、しっとりした食感も抜群。
「美味いな」
「大成功ですね」
あまりにも美味しくてケーキに夢中になり、自然と心も解れていく。
温かいリビングに、ニュースキャスターの声が響いた。
美味しいケーキとコーヒー、門馬さんの嬉しそうな笑顔。
何もかもに癒されて、心が和んでホッとする。
実家で暮らしている時も、慎司との同棲中も、ここまで穏やかな気持ちになることなんてなかった。
門馬さんは、自己肯定感を上げるだけじゃなくて、人を安心させる力もあるみたい。
最初のコメントを投稿しよう!