仮想世界での死の災い

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 刑事課の響 正善(ひびき まさよし)は被害に遭った男性から話を聞いていた。  テクノロジーの発達に伴って人類は『飢餓』と『疫病』を克服した。しかし、争いだけは今もなお人々を苦しめている。人は外界の危険を取り除くことができても、内に湧く危険までは取り除くことができない。それどころか外界の危険がなくなったことで、内界の危険が凶暴になっていた。 「恨みを買う人間に心当たりはありますか?」 「仕事のできない部下やゲームばかりしている息子に叱責をして恨みを買った可能性はあります。それ以外は思いつきません」  正善はホロウウィンドウを開きながら男性の証言を聞いていた。彼の声を文字に変換してテキスト化しているのだ。  証言を聞きながら正善は眉を潜めた。  男性は昨夜、メタアースで何者かに背後からナイフで刺され、強制ログアウトした。  フルダイブを行うカプセル型の『転移装置』はユーザーの健康状態を常時解析している。解析結果により心拍数や血圧が危険値に達すると転移装置はメタアースにいるユーザーをログアウトさせる。これを『強制ログアウト』と呼んでいる。  男性の場合、刺されたことで発生したアバターの痛覚機能が実世界の脳機能に影響を及ぼし、強制ログアウトが発動した。  彼はメタアースにおいて死亡したのだ。 「ご協力ありがとうございます。また何かあれば、ご連絡させていただきます」  事情聴取を終えると正善は被害者に別れを告げた。相方の美城 純香(みしろ すみか)と一緒に次なる目的地へと向かう。 「重要な手掛かりになりそうなものはありませんでしたね。また捜査は行き詰まりですね」  隣を歩く純香が正善に話しかける。彼を見るわけでもなく、顔は前を向いていた。  今回の事件は男性に限ったことではない。同様の事件が数ヶ月間に数十件も起きていた。  強制ログアウトした場合、すぐに現実世界の救急隊員に通知がいく仕組みになっている。心拍数や血圧が危険値に達しているので、早急な治療が必要と判断できるためだ。その通知がここ数ヶ月間は定期的に送られてきているとのことだった。  傷害事件はメタアースでの生活が始まってから唯一上昇傾向にあった。研究では、心的余裕による傲慢性の向上、没入型ゲームの影響、アバターという仮想身体の軽視など様々な要因が挙げられている。  しかし、ここ数ヶ月の事件数は明らかにおかしかった。  刑事課では同一人物、もしくは同一団体による犯行とみて捜査を進めている。だが、現時点では、被害者の証言に統一性がなく、犯人の共通点となるものは見つけられていない。  犯人の手口は非常に悪質だ。  普通の傷害事件の場合、被害を受けたアバターには損傷が見受けられる。それにより傷害罪として訴えることが可能となる。  だが、被害を受けたアバターが強制ログアウトしたとなると話は変わってくる。メタアースのアバターは再度ログインすると前に受けた傷は全て消え去ってしまうのだ。強制ログアウトされたアバターには損傷が残らないため、傷害罪として訴えることは非常に難しい。それをうまく利用して犯人は犯行に及んでいるのだ。  一時期はアバターの視界にカメラを搭載し、ユーザーの視界情報をデータとして保存するという検討がされた。しかし、それは暗黒世界の構築になると見なされ、否決されることとなった。 「まったくだ。だが、そろそろ課長も痺れを切らす頃だ。そこがチャンスかもしれないな」 「何か秘策でもあるんですか?」 「ある。危険な駆け引きだが、やってみる価値は十二分にある秘策がな。先ほどの被害者が言っていた部下と息子に話を聞くぞ。少々乱暴な事情聴取をする予定だ。横口を挟むなよ」  正善の物言いに純香は彼の方を向いた。彼は彼女を見向きもせず、顔を前に向けている。 彼の表情は先ほどとは打って変わって不敵な笑みを浮かべていた。
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