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 港のコンテナ置き場で調査を行っていた男は今は居室で地図を確認していたが、突然上司に呼ばれた。 「大田原君、ちょっと。」 地図を調べる手を置き、上司の前まで進んで返事をした。 「何でしょうか?」 「この前の花火の爆発の件、例の光線によるものと思って間違いないかな?」 「まず間違いないですね。発光元らしきトラックは確認しましたが、詳細が不明なのでもう一軒の爆発場所も調べて、もう少し詳しい情報を集めます。」 「1匹いれば周りに10匹はいるって言うしね。10ヶ月ほど前に起こった事件の光線については発生させた奴と発生方法の確認をして原理を再度分析した上で、これからの対応策を準備している最中だからね。その件について肝心な内容を公表するまで、別の奴が暴走すると困るから、しばらく大人しくしてるよう頑張ってくれ。もし海外に兵器として売り出されたりするとややこしいからね。」 「あと2個の花火が外国企業のデモンストレーションになる前になんとかしたいですね。」 「しっかり頼むよ。」  この後、大田原は山の中の花火の爆発地点に向かった。かなり山の中で、国道から分岐するとトラックが通るには一本道だった。現場付近に着くと前回同様に放射能検出器で反応の有る箇所を調べ始め、花火の位置からのラインを確認した。花火から道までの間には何本もの木が立っており道から直接花火は確認できなかったが、その間の木には大田原の付けた印が直線上に付いていた。データと現場写真を保存した後、大田原とその部下は国道付近に戻って監視カメラがないか調べだした。  なるべく長い期間、できれば二ヶ月近い期間録画されている監視カメラを探してみたが、なかなか見つからない。仕方なく民家に設置しているカメラも確認してみた。三件ほど確認したところ、監視カメラの映像でタイムラプスを使って四季の変化を取り込んでいる家が見つかった。撮影角度も良いので、花火を爆発させた車両を探していることを説明すると、その花火のことは家主も知っていて2ヶ月分のビデオをもらうことができた。もっとも少しタイムラプスに自慢が入っていて、気に入ったら次回はもっと綺麗な画像を有料で分けれるようにしたいと冗談とも本気とも取れる話を聞かされた。後で調べるとここの家主はきれいで面白そうな映像をSNSにも上げていて、同時に販売もしているようだ。このような人が増えると監視も楽かもしれない。  事務所に戻ってビデオにトラックが映っていないか二人で確認を始めたが、タイムラプスといえども2ヶ月分といえば十数時間分になる。最初は二人で始めたが暫くしたら数時間ずつ分担しようとの話となった。二人で確認をしている時、部下の男が大田原に聞いてみた。 「話に上がった光線は中性子線による発光ですよね、そんな今までになかった技術が10ヶ月前に初めて見つかったのに別の所でも開発していたなんて有るんですか?」 「君は最近うちのグループに来たから知らないことも多いが、グループで話をしているうちに案外大勢の頭の中で考えられている発明かもしれないと皆が気がついたんだ。ところで君は常温核融合を知っているかい?」 「常温で核融合が起こるっていう信じ難い説ですね。」 「私もそう思っていたが、世界では面白いことを考えるやつが沢山いる。常温核融合は重水の電気分解でトリチウムができると言うのが最初の話なんだが、このメカニズムを手品の種明かしみたいにうまく説明したやつがいる。正しいかは研究中だが。」 「どんな話ですか?」 「原子核には電子捕獲という現象が有るだろ。電子が原子核に取り込まれて陽子1個が中性化して中性子になるっていう現象だけど。まず重水の電気分解での重水素イオンの発生が重要なんだ。これは学校で習う普通の水の電気分解で軽水素がイオン化するのと同じだ。つまり一個しか無い重水素の電子が無くなってプラスイオンになる。これは中性子と陽子がくっついた原子核だけになるってことだよな。この重水素核だけのイオンに電気分解で使われる電子が、普通は電子軌道に飛び込んで普通の重水素になるはずが、エイッと原子核に飛び込んで、なんと中性子2個になるんじゃないかと言うんだ。手品みたいな話だろ。」 「僕は理系人間なのでなんとなく言ってることはわかります。今まで軽水素では起こったことが無いけど、重水素では中性子ができるんじゃないかってことになりますね。」 「そういうことになるな。だからまさにそこが第1の手品なんだ。そして第2の手品、うーん、手品と言うほどではないけど、原子核には中性子捕獲という現象も有るんだ。これは中性子が電荷を持たないから原子核への衝突が比較的簡単で吸収もされやすいという現象だ。あくまで比較的起こりやすいという話だけど。第1の手品でできた中性子が重水中に大量に有る別の重水素核に飛び込んだら、なんと中性子2個、陽子1個のトリチウム核ができて核融合が完成するというのがこの手品の全貌になる。もしこれが本当なら、重水素イオンビームにそれほど大きなエネルギーを持ってない電子でもうまく衝突させてしまえば中性子ができてしまうと考えるのが自然だ。そして問題なのは、常温核融合の可能性を突き詰めたい人物なら、ここまでの話を誰でも頭の中で考えることができるということだ。もし運良く実験する環境があったら中性子作りの実験を試す人物もいるだろうし、それをうまくやった奴が話に出てきた連中だ。」 「できてしまったんですね?」 「そういうことだな。しかしもっと問題なのはその中性子ビームをいらぬことにまで使おうと考えることだ。原子力エネルギーの開発に使えばいいのに。君ならなんに使う?」 「核分裂や核融合を起こしてエネルギー生産に使うのは当たり前ですが、今回の件からみて、火薬や、そう固体燃料、あ、地雷なんかも爆発させられるかも。火薬を使っている敵兵器は爆発できるんですね。」 「まあそうかな、けどもっと困ったことを考える輩がいるかもしれない。最も金になる。原子爆弾に照射したらどうなると思う?」 「あ、核物質が連鎖反応で爆発するかも。」 「残念だが、最も必要な臨界を超える連鎖反応は起きないんだ。濃度が調整されているからね。本当に爆発させるには爆縮で核物質の密度を高める必要が有るんだ。ただ・・・うーん、爆縮を起こすのに使うのも高性能火薬なんだけどね。」 「あ!」 部下の驚いた顔をみて大田原は優しく言った。 「というわけで、なんとかして情報の拡散をもう暫く抑える必要があるんだ。時間稼ぎに」 「早くトラックを見つけないと。その情報は極秘ですか?」 「原子爆弾の話は本屋に行けば子供でもわかる解説書が有るよ。中性子線の作り方についてはもう少しの間極秘だ。」  数時間した頃、部下が赤い顔をして大田原に向かって走ってきた。港付近でいたトラックと同じと思われるトラックが見つかったというのである。二人で画像を確認し、主だった特徴が一致することを確認した。ただ車のナンバーは映っていたが雨の影響もありぼやけていたため、そのままでは大きな番号も正確にはわからない状態だった。早速別グループのデータ解析部門にテータを渡し、可能性の高い番号の組み合わせを解析してもらった。大きな番号については4通り、小さな記号は絞り込みが難しく不明だった。早速それらの番号と車種の組み合わせから3台まで絞り込んだ。1台は明らかにオプション機能の追加などで画像とは形状が異なっていたため、残り2台を実際に確認することとなった。1台めを確認に行った所、まず外観の塗装が全く異なっていた。それは所有している会社の模様であり、他に所有しているトラックも同様の模様だった。また様々な荷物運搬用に使われており、最近特別な装置を積むような用途に使われた形跡が無いこと、装置が使用された日時には遠方に荷物を運搬していたこと等が確認された。二人は最後の一台を確認するためトラックの持ち主の会社へ向かった。  その会社には同様のタイプのトラックが複数台有ったが、外観はどれも特別な塗装はなく、ビデオの画像で確認した物とほぼ同じであった。ナンバーの一致したトラックはやはり様々な荷物を積むトラックで、最近特殊な装置を積んでいた形跡は見られなかった。大田原と部下は詳細を観察していたが、部下の方がこのトラックはビデオのトラックではないと言い出した。ビデオのトラックで見られた薄い擦り傷が無いというのである。このトラックがビデオのトラックでないとすると、トラック捜査は振り出しに戻ってしまう。その時、大田原はこの会社に来て配車担当者にトラックを確認させてもらう申し入れをした時に担当者がやや躊躇していたことを思い出し怪しさを感じた。すぐにナンバーの確認に行き、よく観察したところナンバープレートに僅かでは有るがナンバーを付け替えたような傷が有ることが確認できた。近くに同じタイプのトラックが2台有ったが、どちらも探しているトラックではなかった。配車担当に確認すると、あと2台が移動中で、明日には戻ってくるという。確認が終わったことを伝えて、その日、二人は帰った。  翌日、二人は警察官二名ともう一度トラックを確認に向かった。昨日無かったトラックの一台は戻っていたが探しているトラックではなかった。もう一台のトラックがどこかを確認すると、故障のため途中で修理工場に向かったという。行く先は運転手に確認しないと不明だとの返答に、ついに警察権限が発動された。花火の盗難、放射線の取り扱いの犯罪につて、この会社の担当者が重要参考人となることを伝え、トラックの現在位置を確認させた後、警官の一人を伴ってすぐに二人はトラックの現在地に向かった。  トラックの確認に向かった三人は、受けた説明から車の修理工場に有るものと思っていたが、そこは会社の工場であった。確かにトラックの修理も可能である。会社は輸出入を行う商社であったが輸入機材の組み立ても行う技術部門と大きな工場を持っていた。すぐにトラックの確認に向かってみたが、すでに中のものは降ろされたあとだった。大田原は証拠隠滅ならまだしも、既に装置が売却された場合を想像してゾッとしたが、そこまでの危険な取引はしていないだろうと考え直して、工場の搬入口の確認を要求した。工場の担当者は渋っていたが、犯罪関連の調査であることをちらつかせ、渋々了承させた。工場はレベルは低いがクリーンルームになっており、装置の搬入時はすぐには内部への搬入ができないため、運良くトラックに積まれていたと思われる装置が現状のまま発見できた。それはイオン注入装置を改造したイオンビーム発生装置と最近急いで作られたと思われるイオンの中性化のユニットからできていた。大田原等はすぐに応援部隊を呼び、装置を現状で保管させ、このトラックがこの装置をどこで使ったのかについて関係者からじっくりと聞き取りを行った。
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