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部屋の壁にはあの時お土産にもらった絵葉書が飾ってある。
もの悲しさを含むどこか達観したような目。
彼女のことを知った今ならその意味がわかる。
朝起きては眺め、仕事から帰ってきたら眺め、休日にも眺める。
僕は何もせずに待てるのだろうか。何もしないままでいられるだろうか。
「1年間、一切の連絡もナシでお願いします。」
画家との約束だ。僕の連絡先は伝えたが、あちらの連絡先はもらっていない。
個展は1年に一回だというのに次回の開催日が気になって仕方が無かった。
1カ月、2カ月と悶々とした日々が過ぎていく。
時間が経って忘れるどころか思いは募る一方だ。
友人からの誘いや会社での付き合いがあっても頭は彼女のことでいっぱいだった。
3カ月、4カ月。季節が変わると彼女はどうしてるだろうかと考えてしまう。
それなりに名の知れた画家なので、調べようと思えば連絡先くらいはわかるだろう。
でもわかってしまったら連絡してしまいそうで、行動することはできなかった。
5カ月、6カ月。半年が経つ。
狂おしいほどの葛藤。半年だ。何もしないまま半年が経ってしまった。
何もせずにただ耐える。それは約束通りで問題ないはず。
しかし。何かできたのではないか。何かした方が良かったのではないか。
考えずにはいられなかった。でもダメだ。
ここで約束を破っては台無しだ。想いを飲み込んだ。
7カ月、8カ月。絵の中の彼女は時が止まったままそこに佇む。
画家に伝えた僕の電話番号に連絡は来ていない。
絵葉書はフォトスタンドに入れる形にした。絵が曲がり、色褪せていくのは耐え難かったから。
毎日ホコリをとり、あなたに会いたいと静かに語り掛ける。
9カ月、10カ月。達観と言っていいかもしれない。
少し前までの心のざわめきは鳴りを潜め、妙に落ち着いた日々を送っていた。
どのような結果が待ち受けていようと、ここまできたら約束を果たすまで。
決意、覚悟、責任。このような言葉で表現しても良いかもしれない。
11カ月経ったところで、来た。件の画家から招待状が届いた。
あれからちょうど1年後の日付に、同じ場所で個展が開催される。
先の長さを感じるのが嫌でカウントダウンはやらないでいたが、もう良いだろう。
平静さを保ち、その日に向けてカレンダーに×を埋めていった。
12か月目。1日、2日、3日と過ぎてゆきーーー
その日を迎えた。
個展の初日。会場となっている画廊では行列して画家に挨拶している。
僕は少し離れたところで列の消化を見届けた。
ひと通り終わって列も無くなった頃合いで入り口に向う。
画家が僕の姿を認めると、ニコリと笑った。
「1年間、よく待っていただけました。約束どおり、ミコに会わせます。」
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