1人が本棚に入れています
本棚に追加
軽やかにさざめく葉音が僕らの間を駆け抜ける。
高まる鼓動と重なって、音楽を奏でるように。
良くなったとは聞いてたが、治ったとは。
治った。病気が。余命はもう、半年でも1年でもなく。
「父も絵に込めるくらいだから、私に生きる意志が無いことは見抜いてたんでしょうね。だから、なんとかその気にさせようとしてあなたに話を持ち掛けたんだと思います。それがもう大成功、ですよね。」
「本当に・・・本当に良かったです!」
素っ頓狂な声になっていたかもしれない。
でも僕は叫ばずはいられなかった。祝福せずにいられなかった。
彼女は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに目尻を緩ませてクスリと笑った。
「ありがとうございます。でもこうして会えてしまったら、効果が無くなってしまうんじゃないかと、ちょっと心配だったんです。だけど」
「それなら」
言い切らないうちに言葉を被せた。
その先は僕が言いたかった。僕が言うべきことだと思った。
買ってきた5本のバラを彼女の前に差し出して、
「僕は、50年後のミコさんにも会いたいです!」
思いの丈をぶつけた。
「5本のバラ・・確か花言葉は。」
『あなたに出会えた心からの喜び』
口に出すのは恥ずかしくて言えなかった。
そして己の言葉を振り返り、一人焦って慌てふためく。
「あ、いや、50年後だと70歳くらい?70歳限定ってことじゃなくって、60年後で80歳、いやそんな年齢を縛るとかじゃ・・」
こんな大事なシーンで何をやってるんだ僕は。
せっかくの花言葉も台無しじゃないか。
恥ずかしさで耳が熱くなる。きっと真っ赤になってることだろう。
ちらりと彼女を見ると、口元に手をあててクスクスと笑っている。
バラを差し出した手は宙ぶらりんとなったまま、僕はますます縮こまった。
そんな僕の手に、優しく包み込むように、彼女の両の手のひらが重なった。
血の通う、生を息吹を感じる温もり。
「私は、80年後のあなたにも会いたいです。」
彼女の眼には未来が宿っていた。
ー了ー
最初のコメントを投稿しよう!