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聖夜、ティーサロン・フォスフォレッセンスにはひとりの老執事の姿があった。
カトラリーを磨き終え、すべてのキャンドルに火を灯し終えると、小雪のちらつく百合園の窓を眺める。今日も目の覚めるように美しい庭には、豊かな光が揺れている。
そこに、後ろから声をかける者があった。
「おや、傷心のお背中ですか? おいたわしや」
若い声には、からかい混じりのユーモアが滲んでいる。デュボワは眉を下げ、悲しげに振り返った。
「ええ、すっかり振られてしまったようで」
最初の冗談の主はくすくすと笑うと、長い黒髪をなびかせ、老執事の隣に並んだ。長身のデュボワに比べると、やや背丈は控えめだ。
彼は燕尾服より少しだけフォーマル度が和らぐタキシードを、華奢な体で品よく着こなしている。
青年が庭の花をじっと見つめながら、何かを読むように言う。
「あのお客様は件のお友達のお誘いで、3人でクリスマスを過ごされている、のですね。それはよかった、とても楽しんでいらっしゃるようだし」
まったくですね、と相づちを打つデュボワを、青年は気まぐれなルビーの瞳でちらりと見やった。
「救いの御子と同じ、ジョジュエ(※1)という名のあなたが聖夜におひとりなんてね。東方三賢人(※2)が泡を吹いていることでしょう」
「ひとりではありませんよ。セノイ、あなたがいてくれるじゃありませんか」
セノイと呼ばれた美貌の若執事は、皮肉めいた笑みを漏らすと、自らの右目の涙ぼくろをそっと撫でた。これはこの青年の癖だった。
「乙ですね。救いの御子が堕天使と過ごす聖なる夜、か」
デュボワは黙って微笑むと、再び百合の庭へと目をやった。セノイもそれにならう。
月と粉雪が、燐光の花々をさらに白く染めていく。ジョワイユ・ノエル(※3)。どちらからともなく、低いつぶやきと祈りが落ちた。
~第1話 魔法仕掛けのクリスマスケーキ Fin.~
※1 ジョジュエ……フランス語の男性名。英語ではヨシュア
※2 東方三賢人……彗星に導かれてキリストの誕生を祝いに来た3人の賢者
※3 ジョワイユ・ノエル……フランス語のメリークリスマス
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