第1話 魔法仕掛けのクリスマスケーキ

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***  聖夜、ティーサロン・フォスフォレッセンスにはひとりの老執事の姿があった。  カトラリーを磨き終え、すべてのキャンドルに火を灯し終えると、小雪のちらつく百合園の窓を眺める。今日も目の覚めるように美しい庭には、豊かな光が揺れている。  そこに、後ろから声をかける者があった。 「おや、傷心のお背中ですか? おいたわしや」  若い声には、からかい混じりのユーモアが滲んでいる。デュボワは眉を下げ、悲しげに振り返った。 「ええ、すっかり振られてしまったようで」  最初の冗談の主はくすくすと笑うと、長い黒髪をなびかせ、老執事の隣に並んだ。長身のデュボワに比べると、やや背丈は控えめだ。  彼は燕尾服より少しだけフォーマル度が和らぐタキシードを、華奢な体で品よく着こなしている。  青年が庭の花をじっと見つめながら、何かを読むように言う。 「あのお客様は(くだん)のお友達のお誘いで、3人でクリスマスを過ごされている、のですね。それはよかった、とても楽しんでいらっしゃるようだし」  まったくですね、と相づちを打つデュボワを、青年は気まぐれなルビーの瞳でちらりと見やった。   「救いの御子(みこ)と同じ、ジョジュエ(※1)という名のあなたが聖夜におひとりなんてね。東方三賢人(とうほうさんけんじん)(※2)が泡を吹いていることでしょう」 「ひとりではありませんよ。セノイ、あなたがいてくれるじゃありませんか」  セノイと呼ばれた美貌の若執事は、皮肉めいた笑みを漏らすと、自らの右目の涙ぼくろをそっと撫でた。これはこの青年の癖だった。 「(おつ)ですね。救いの御子が堕天使と過ごす聖なる夜、か」  デュボワは黙って微笑むと、再び百合の庭へと目をやった。セノイもそれにならう。  月と粉雪が、燐光(りんこう)の花々をさらに白く染めていく。ジョワイユ・ノエル(※3)。どちらからともなく、低いつぶやきと祈りが落ちた。 ~第1話 魔法仕掛けのクリスマスケーキ Fin.~ ※1 ジョジュエ……フランス語の男性名。英語ではヨシュア ※2 東方三賢人……彗星に導かれてキリストの誕生を祝いに来た3人の賢者 ※3 ジョワイユ・ノエル……フランス語のメリークリスマス
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