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北斎
「実際、『写楽殺人事件』で江戸川乱歩賞を取った高橋克彦氏は、その作品の中でエクスキューズを取ってます」
「北斎が役者絵を嫌っていたかどうかを?」
「ええェ、ですが彼はいち早く北斎を除外するため、無理やり北斎は役者絵に興味が失かったと結論づけていましたね。作家自身もわかっているでしょうけど有耶無耶です」
ボクは机にあった『写楽殺人事件』の本を手に取ってみせた。作者の高橋克彦氏は、浮世絵に詳しいが、この『写楽殺人事件』の中で『北斎イコール写楽』をいち早く否定していた。しかし何回読み返しても論理が破綻している。
「なるほど、一番厄介な浮世絵師だからね。葛飾北斎は!」
「ええェ、咲耶さんに北斎のことを言うのは釈迦に説法かもしれませんが、北斎ほど変わった浮世絵師はいないでしょう」
「そうね。北斎は百回近く引っ越しをし、三十回以上、改名したと言われているわ」
「ええェッ、着る物にも無頓着で掃除もしない。名前も本名の鉄蔵。そして勝川春朗を皮切りに俵屋宗理や戴斗、為一、卍、果ては画狂老人とまさに自分のことを卑下するような画号をつけていました」
「ふぅん、そうね」
「改名した理由のひとつは、画号を弟子に売って金を儲けることと、もうひとつは……」
「新たな絵柄、モチーフを探すため?」
「そうですね。彼は改名するたびに新たな技法、新機軸で絵を作ろうとしていました」
「フフゥン」
「それとボクが、北斎こそ写楽だと思う最大の理由は、北斎がまったく画号にこだわらない点です」
「画号にこだわらない?」
「そうです。浮世絵師に限らず芸術家は誰しも自分の名前を後世に残すため作品を描いていると思うんです。なのに、北斎はあっさり画号を弟子に売ってしまい別の画号で新たに描き始めた」
「そうね。なにしろ貧乏だったらしいから」
「ええ、もちろん食べるために画号を売り、作品を描いていたとも言えますが、名のある浮世絵師は自分の画号を大事にしています」
「普通の浮世絵師はねえェ……」
「ハイ、北斎は普通の浮世絵師じゃなかったんですよ」
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