記憶の欠片を探して

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 夕日が沈んでいく。閉園も近い頃、二人は観覧車に乗った。観覧車の中は狭く、互いがとても近く感じた。  拓が、今までにないほど真剣な顔をして話し始める。 「俺さ、彩に言いたいことあるんだけど」 『……彩に言いたいことがあるんだ』  拓の言った言葉に、別の言葉が重なる。何故か聞こえる二つの声に、彩は頭を押さえる。 「俺、ずっと彩のこと」 『彩のことが』 「好きなんだ」 『好きだ』  (ああ、そうだ)  彼はそう言った。どうして忘れていたのだろう。彼は──。 「リリス……」  ぽつりと呟いた言葉に拓が、反応する。 「彩……?」 「……ごめん、返事は待ってもらってもいい?」 「うん。……待ってる」  観覧車の一周が終わる。彩も拓もおぼろげな気持ちを抱えながら帰路についた。   「転校生を紹介する」  担任が紹介したのは一人の男子生徒だった。親の都合で、とのことで中途半端な時期だった。 「──といいます。こんな時期からですが、よろしくお願いします」  彼は頭を下げる。彼の話した名前と黒板に書かれた名前に靄がかかっていて読み取れない。  彼は私の家から二駅先に引っ越してきたという。行きと帰りの電車が一緒だった。彼の私の呼び方が『中村さん』から『彩』に変わるまでそう時間はかからなかった。私たちは友達以上に親しくなった。好きだと言われた。  そんなある日、彼に言われたんだ。 「彩、この手紙、家に帰ったら読んで。いい、家に帰ったらだよ」  何回も念を押す彼に違和感を覚えつつも、毎日が幸せだった私は何も疑わず、家に帰った。  手紙には自分は違う世界から来た『リリス』というものだと書かれていた。いわゆる、重要人物というものらしく、詳しいことは書けないが、こちらの世界を見に来ていたという。  もう戻らなくてはいけなくて関わった人の記憶を消すこと。それは私も例外ではなかったということ。  私は駅に急いで走った。今からでも間に合うと思った。  人混みをかき分けて走った。ホームについた時、電車がいなかった。次に出るのは三十分後だった。  早く──に会いに行かなきゃ  私は携帯を開く。彼にメールをしようとした手が止まる。  ──彼の名前が出てこない。  携帯を持つ手が震える。頭から彼に関することが消えていく。私は怖くなってしゃがみこんだ。それでもとどまることはなく、記憶は消えていった。
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