記憶の欠片を探して

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 家についた彩は記憶を集める。一つ一つのピースがはまって、パズルが完成していくように、記憶が完成していく。彩の記憶の中に、かつて彼が合言葉を作ろうと言ったことが浮かび上がった。 『なんか自分たちにだけ分かることがあるのって恋人っぽくない?』  彼は言った。その合言葉を。 「リリスに……『貴方にあいたい』」  彩がそう言うと月を背にして一人の男が現れた。さらさらと流れる金髪に、雪のように真っ白なまつ毛。髪の毛と同じ金色の瞳が輝いていた。黒髪に黒い瞳だった頃と比べると印象はかなり違うが、確かに端々に似た雰囲気を持っていた。  男──リリスは昔と変わらない、屈託のない笑顔を向けた。 「彩、元気にしてた?」  それを見た途端、彩の目からは涙があふれる。言葉にすることのできない気持ちがこみ上げてきた。 「……元気だよ。リリスは元気だった?」 「元気元気。それよりもまだ僕のことを覚えてたの?確かに消しちゃったはずだったけど」 「思い出したの。……どうして私の記憶まで消しちゃうの。誰にも言わないよ」 「……だってこれから彩が誰かを好きになったときに僕の存在が邪魔になるかと思ったから。僕はすぐに消えることが分かってたし。……こんなに幸せな時を過ごせるとは思わなかったけど」  最後の一言は彩には届かない、小さな声だった。  彩はこれが最後の挨拶になると悟った。微かに残っていた記憶はきっと彼に完全に封印される。  リリスが彩の腕を引く。そのまま、彩はリリスの胸の中へおさまった。すっぽりと自分を包みこんでしまうリリスの体を彩は抱きしめ返す。  しばらくして、リリスが彩を引き離した。 「……もう時間だ。僕は……自分の世界へ帰らなきゃいけない」 「……私はリリスの世界へは行けないね」  最後の別れ。リリスが彩の手を握った。  そこからリリスに記憶が流れていくようだった。二人の出会い、甘い思い出、そして別れ。  彩は頭の中が書き換えられていく思いがした。転校してきた話はなくなって、もちろん別れもなくなって。あの日、駅に走ったことも。  意識はしていなかったが、彩は重力に耐えられず目を瞑る。脳裏に浮かぶシルエットが闇に溶けていく。彩はそれを拒んだ。 (消えないで。忘れたくない)  それでもその姿は消えていく。手を伸ばしても、届かなかった。  そして目を開いたとき、彩の目から涙が落ちた。自分がどうして泣いているのか分からず、彩は戸惑った。その涙は拭っても拭っても溢れ出てきて、彩の頬を濡らした。  ただ、目を開ける間際に懐かしい声で『さようなら』と聞こえた気がした。
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