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好きなのに 4
「ばあちゃん、ありがとう。でも俺………紬と居たいんだ。仕事も見つけて、紬と暮らしたい」
家族が揃ったことの嬉しさに浸っていた僕に、結の言葉がいきなり突き刺さった。
「まあ、二人が一緒に居てくれるのは安心だけど………」
ばあちゃんが、僕の顔を見る。
「あの部屋に二人じゃ狭いだろう」
蓮さんが言う。
「うん、引っ越した方がいいな」
響兄さんが言う。
「二人で住むのは結構大変だぞ。この前も朔が、シャワーヘッドを壊してさ………」
「凪、みんなに話さなくてもいいだろう………」
「朔、相変わらず何でも壊すんだな。結はそこまでじゃないから大丈夫だろう」
凪兄さんと朔兄さんが加わり、どんどん話が進んでいく。
「仕事は家に近い方がいいぞ」とか「家事は分担制にしないと」とか。
みんな、僕と結が一緒に暮らすことを当然だと思ってる。結も楽しそうにその話に頷いて、返事を返している。
以前の僕ならそれが当たり前だし、嬉しいことだと、その輪の中で結と一緒に笑っていたはず。
でも今は、当事者なのに何も言えない。
ここで結とは暮らせない…………そう言ってもいいの?
不意にドンという音がして、身体がビクッとなる。兄さん達も一瞬にして話すのを止めて、音のする方を見た。
テーブルに拳を当てている新。
「紬兄の気持ちは、まだ聞いてないよ」
少し低めの声で言うと、みんなの視線が一斉にこちらを向いた。
「僕は………」
どうしたらいい?
ここで言わないと新を傷つける。
でも………ここで言ったら結を傷つける。
言葉の先が出ないまま黙ってしまった僕。
「二人のことは、二人がよく考えて相談すればいい……」
ずっと、話を聞いていたばあちゃんが言った。みんなは頷き、僕から視線をばあちゃんに移した。
「そうそう、響がケーキを買ってきてくれたんだ。みんなで食べよう。新、紬、用意するから手伝っておくれ」
立ち上がるばあちゃんに続いて、僕と新が立ち上がると、蓮さんが陸の話題に話を切り替えていた。
キッチンに入ると、ばあちゃんが冷蔵庫からケーキを出して、新が皿やフォークを準備する。
「紬は、みんなの分のコーヒーをお願いね」
ケーキとナイフを持ったばあちゃんが、みんなのところに戻ると、一緒に皿とフォークを持っていった新が、キッチンに戻ってきた。
「新………さっきはありがとう」
「うん………本当はヤバかった。あと少しで、紬は俺と暮らすんだって叫びそうだった」
ヤカンのお湯が沸く間、コンロの前に立つ僕のすぐ側まで新が来て言う。
手がそっと握られたことと、初めて紬って呼ばれたことに、嬉しさと恥ずかしさが混じって顔が熱る。
「…………みんなには紬と結兄が、一緒に暮らすことが自然なんだな」
僕は新の手に指を絡め、肩に顔を埋めた。
「…………ちゃんと言えなくてごめん」
小さく言うと「うん」と小さく返事が返ってきた。
分かってくれてる、それが嬉しくて甘えるように身体を寄せる。
すると「抱き締めたくなるから……」と新の手が腰に回った。
その体温が何より嬉しい…………
「…………あのさ、何でさっきから呼び捨て?」
「………そこ気になるんだ……フフ……嫌だった?」
新が小さく笑って言う。
「ううん……ちょっと嬉しいかも」
二人の間を温かい空気が満たしていく。
ずっと続いて欲しい時を遮るように、ヤカンのお湯がシュシュと音を立て始めた。
「ああ、やっぱりさっき、紬は俺と付き合ってるって宣言すれば良かった」
新の大きくなった声と、ヤカンのお湯が沸いたことを知らせる音が重なった。
もう戻らないといけない………
「結には、僕からちゃんと話すから」
「一緒に言おうか?」
「………………大丈夫」
最後に二人、ぎゅっと手を握り合って離すと、みんなの分のコーヒーを用意した。
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