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好きなのに 5
久しぶりに集まった僕達。
お互いの話しは尽きなくて、「響達は、そろそろ電車の時間だろう」と蓮さんが車で駅まで送ってくれる頃には、陽がすっかり傾いてた。
「やっぱり……ここの夕陽は綺麗だな」
結が沁々言って空を見上げる。
「周りに何もないからね」
僕もそう言い、空を見上げた。透き通る色が幾重にも重なった空。この景色はここでしか見られない。
当たり前にあった景色が、離れてみると愛しく心に沁みる。
新と逢って、僕の心も落ち着いた。
結と話す覚悟が出来た。大切な親友を傷つける覚悟…………
駅で蓮さんと兄さん達と別れると、結が改札には向かわず駅の外に出てしまう。
「どうした?」
「俺達は、そんなに慌てて帰らなくてもいいだろう?」
「………いいけど」
「俺、高校に行ってみたい」
「高校?」
「うん」
返事をすると直ぐに歩き出す結。僕も隣に追い付くと一緒に歩く。
オレンジ色に染まる街。
二人で並んで歩いてると、幼い頃からの思い出が甦ってくる。
いつもこうして隣を歩いた。
学ランがブレザーに変わって、入学式にはお互いにネクタイを結び合って…………
「…………懐かしい」
門まで続く長い塀が見えたところで、結が言う。
嬉しそうな横顔に、僕の心も温かくなる。
土曜日の高校。門からは部活を終えた生徒が一人、二人と出てくる。
「入ってもいいかな」結が一度門の前で立ち止まった。
「卒業生だから大丈夫だよ」
結の背中を押して中に入る。グランドではサッカー部がまだ練習を続けていた。
校舎に近づくにつれて聞こえてくるのは、楽器の音。その音に導かれるように結が歩いていく。
「吹部、練習してるね」
「うん…………」
校舎の直ぐ近くまで来ると、更に大きくなる音。
三階にある音楽室。窓が空いているのだろうか…………いろいろな楽器の音が順番に聴こえてくる。
「吹部、去年はどうだった?」
「………去年は……残念ながら県大会まで行けなくて」
「…………そうなんだ」
三年の最後の夏の大会。吹奏楽部は県大会まで一歩及ばず、残念な結果に終わっていた。
響兄さんも応援に行った大会。
結が居たら…………そう思ったのを思い出す。
「向こうの学校の吹奏楽部はどうだったの?」
「ここほど熱心な部活じゃなかったから………それでも頑張ったんだけどな……
あのままここに居たら、絶対、もう一度全国に……」
その後の言葉は出なかった。
僕が思っているよりも、結はいろんなことを諦めたのかもしれない。
別れる事が決まった中で、お母さんと過ごす期限付きの時間。
その為に自分の大切にしてきた事を、思いを閉じ込めてここを出ていった結。
たとえそれが、自分が選んだ事だとしても………
本当は、僕が支えてあげたかった………
「紬、これ、覚えてるか?」
そう言って、結が鞄から何かを出して僕に見せる。
「…………これ……まだ持ってたの?」
それは結が全国大会に行った時、新のボクシングの試合と重なって行けなかった僕が渡したお守り。
「………お前がくれたお守りだから……向こうでも、これに元気もらえてたよ」
「………結」
いつの間にか薄暗くなり始めた校舎の側。窓からは、楽器の音も聴こえなくなっていた。
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