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ずんずん歩いて真っ先にトイレに入ると、巧はくるりと振り向いて、父のおなかあたりのシャツを引っ張る。
「たすくさん! まりえちゃんいつ来るの?」
「え?」
父は、何を言われているのかわからない、という顔をする。
「たっくん、お母さんが来ると思ってたの?」
奏が、大きな声で言った。
巧は言う。
「だって、お母さんに会いに行くって言ったじゃない!」
「え。違うよ。そんなつもりじゃ」
「たすくさん、たっくんのこと、だましたんだね!」
「違うったら」
父は何か言い訳を考えていたのかもしれない。一瞬、口を開けたまま黙って、それから息を呑んで、巧の頰に両手を差し伸べた。
「ごめんね。まりえちゃんが来ると思ってたから、あんなに嬉しそうだったんだね」
「そうだよ! だって、たっくんのお母さんは、まりえちゃんでしょ!」
そう叫んで見ると、父ははらはらと涙を流していた。
巧はびっくりした。
たすくさんは、お葬式の時も、巧に涙を見せなかった。
大人は泣かないと思っていたのだ。
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