追憶は灯火のように

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 1年後、私は妻を家に残し友人宅で麻雀(マージャン)に勤しんでいた。 「そういえば吉蔵さん、最近あの人来ないでしょ?」 「あの人って?」  古き友人の高柳敏朗(たかやなぎとしろう)が牌を打ちながら言った。しかし彼は頭を抱えながら名前を思い出そうとしていた。  もう1人の友人、永森誠一郎(ながもりせいいちろう)が答えた。 「牧野(まきの)さんだろ?」 「そうそう牧野さん!あ、立直(リーチ)ね」 「牧野さんがどうしたの?」  高柳は点棒(てんぼう)を投げ捨て、まるで自慢話のように語り出した。 「あの人、2ヶ月くらい前に頭打って入院してたじゃない?それから今施設にいるらいしいんだよ」 「施設に?何で?」 「何でも療養中に認知症が悪化してね、飯も食べれなくなってお腹に穴開けてるんだとさ、胃瘻(いろう)ってやつ。あの人、貿易会社で働いててそれなりに年金も貰ってるのに、老後の楽しみに使うはずが医療費に全部消えちゃうなんて皮肉だよね」 「そうかい、それはかわいそうに」  私がそう返答している間に高柳が「ツモ!」と言い、(パイ)を表に出した。 「高柳さん、それ役違うよ」 「あれ、そうかね?」  おそらく数牌(シューパイ)のみを揃えた断么九(タンヤオチュー)のつもりなのだろうが、萬子(マンズ)(リャン)(サン)(ウー)とずれていた。 「おかしいね、さっき揃ってたと思ったのに」 「高柳さん、あんたも痴呆(ちほう)来てるんじゃないの?」 「永森さん、怖いこと言わないでよ。ちょっと間違えただけじゃない」  2人はおどけて笑っていた。  しかしここにいる3人は皆70歳を超えている。いつ認知症に(かか)ってもおかしくない年なのだ。  妻の物忘れもあり、それが不安で仕方なかった。
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