追憶は灯火のように

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 すると私の携帯が鳴り始めた。 「はい、もしもし?」 『あの、須賀野さんのお電話ですか?スカイマーケットの者ですけど。貴方の奥さん、万引きしたんで来てもらえます?』  少し苛立った口調の電話の主は、妻がよく買い物に出掛けるスーパーからだった。  「万引き」という単語に慌てて私は友人宅を飛び出し、駆け足でスーパーに向かった。  到着したスーパーで応接室に案内されると、そこには店長が脚を組んで座り、妻は何やらキョロキョロとしていた。  机の真ん中にはお惣菜が一品だけ置かれていた。 「あなたが夫さん?奥さんがね、万引きしたの!」 「あの、妻がそんなことするはずは」 「私が現認してるんだよ、奥さんは認めないし警察呼ぶって言ったら怒り出すし、仕方ないからとりあえず貴方を呼んだわけ」 「ご、ご迷惑をおかけしました。お代は支払いますから」  私は妻の方を一瞥(いちべつ)すると、彼女は反省の色を示さずまだキョロキョロしていた。  一体何をしてるんだろう。 「お前も謝りなさい」  私がそう促すと、妻は血相を変え立ち上がった。 「とってないわよ、ちゃんと買ったのよ!」 「でも見られてるんだから認めなさい」 「貴方も私を疑うの!?信じられない!」  妻は激昂し、私の言葉にも耳を貸さず、差し伸べた手さえも払いのけた。  こんな妻を初めて見た。普段はおっとりしており、穏やかな性格であったはず。  そんな、一向に認めようとしない妻を見限ってか、店長は受話器に手を伸ばす。 「拉致があかないね、警察を呼びます!」 「ちょっと待って下さい!警察だけは勘弁して下さい」  私が必死に制すが、妻の態度がよほど気に食わなかったのだろう。店長は警察に電話してしまった。  到着した警察に事情を確認されると、さすがの妻も事の重大さに気付いたのか、頭を下げて平謝りをした。  私の誠意が通じたのか、店長は大きくため息をついて、今日のところは不問にすることにしてくれた。納得がいっている様には見えなかったが、初犯で惣菜一品だけだったということもあり、警察からの厳重注意だけで解放された。
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