追憶は灯火のように

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 私はこの1ヶ月の間、医師に言われた通り妻との時間を増やした。  友人宅にも足を運ばず、買い物にも付き添った。孫娘もよく会いに来てくれた。  孫は段々成長していき、今では中学生だ。しかし妻は、会う度に「小学生にあがったか?」と聞いている。  浩介も協力的だった。毎週日曜日には顔を出し、日帰りでちょっとした旅行にも行った。 「はい、撮るよー?笑ってー?」  湖を背に私と妻は肩を並べた。カメラの前で笑顔を見せる妻。しかし私の肩に妻の手はなかった。  2年後。  認知症とはあれから上手く向き合って来ている。順調に進んでいると思った。  そんなある日の晩、眠りについている中、私は尿意を催し目が覚めた。  時計の針は深夜2時を示している。 「はぁ、年を取るとしょんべんが近くなるな」  そんな独り言を呟いていると、隣で寝ていたはずの妻が居ない事に気がついた。 「あれ、キミヱ?どこにいった!?」  家中を大慌てで探すがどこにもいない。ふと、玄関に目をやると、鍵が開いていた。  恐らく、外に出てしまったのだろう。  暗闇の中1人で外に出て、もし事故にでも遭ったら。そんな想像をしてしまい居ても立ってもいられなくなり、家を飛び出した。  ついでに警察に通報をした。  浩介も呼び出し必死に探すが中々見つからず、途方に暮れていると、遠くで救急車のサイレンが聴こえた。 「まさか、事故に遭ったんじゃ?」 「親父、考え過ぎだって。ほら少し休みなよ。俺が探しに行くからさ」 「いや、私も探そう」  すると浩介は一点を見つめていた。 「なぁ、あれ。お袋じゃないよな?」  浩介が見つめる方向に目を向ける。暗闇で見にくいが、ふらふらと歩く人影。街頭の下にさしかかると、寝衣を身に纏っており明らかに場違いな服装だ。  妻の確信した私と浩介は走り出した。それが妻であることを確認すると、近づく私たちに気付いた妻は驚いた表情を張り付かせた。 「よかったキミヱ、こんなところで何をしているんだ?帰るぞ」  しかし妻はキョトンとした表情だった。 「あの?どちらさん?」 「キミヱ、私だよ。浩介と吉蔵だよ、分からないのかい?」 「あなたなんて知りません!」  冗談などではなく本気で怯えている妻は、逃げる様にその場を後にしようとした。  咄嗟に妻の腕を掴むと、妻は大きな悲鳴をあげた。  本当に分からないんだ。  数分間、振り払おうとするキミヱの腕を制していると、我に返ったのか妻は突然黙り込み、私の顔を見つめた。 「やだ、私どうしちゃったのかしら?」 「キミヱ、お前…」   私の事を思い出してくれたようだ。  妻の悲鳴に飛び起きた周囲の住人たちが駆けつけたため、私と長男で必死に弁明をし、事なきを得た私たちはようやく家に帰る事ができた。
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